月とスッポン ありのままは難しい
「ふーん」
たぶんこの辺りだろうと、階段の途中で立ち止まり、下を見下ろす。
同じ場所に立っている。
それだけで、胸が熱くなる。
私の後ろを歩いていた大河も立ち止まる。
いつも見上げている人間の頭が私の下にある。
つい、頭に手を置く。
見下ろすのは、気分がいいものだ。
頭に置かれた手に大河も手を重ねる。不思議そうに首を傾けながらも、一段、もう一段と登れば下ろしていた手が上に伸び、背伸びをして大河が頭を下げても腕が痛くなる。
大の大人が何をやっているんだと2人で小さく笑い合う。
なんか楽しい。
「この場所は?」
「ちはらふゆです」
ちはらふゆ?と重ねた手をゆっくりと落としながら大河が呟く。
あぁとすぐにわかったようで
「『ちはやふる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは』。《平安時代の歌人で、六歌仙、三十六歌仙の一人である在原業平の歌ですよね》」
「よく知ってますね」
「《百人一首で最も有名な歌ですから。
在原業平は皇孫でありながら自由奔放、容姿端麗、かつ情熱的で、『伊勢物語』の主人公のモデルだといわれている人物です》。」
「へー」
「彼とこの地が縁があるとは知りませんでした」
「縁は?なんじゃないですか?いや、一周回ってあるのかも?」
「と言うと?」
「私が言っている『ちはらふゆ』は漫画原作の映画のタイトルです」
「その映画の舞台がここ近江神社なのですか?」