月とスッポン ありのままは難しい
思わず大河の顔を見る。
思っていた反応をしてしまったのか。大河は嬉しそうだ。
「そうです。
《第3代天台座主円仁と第5代天台座主円珍の2人の巨人の登場により、日本天台宗本山の比叡山延暦寺で2つに分かれる事になります。
比叡山は円仁派が占め、円珍派は空海を頼らず山を去り三井寺へ入ります。
円珍が入るまでの三井寺は廃れていたそうです。
そして、山へ残った円仁派を山門派、三井寺へ入った円珍派を寺門派と呼ぶようになりました》」
「そして仁義なき戦いの開幕となった!」
「いえ、《本来は最澄が天台宗を学ぶために唐に渡ると、唐では密教が盛行していたそうです。そこで、最澄は密教思想も含めた形で天台思想を再編しようと試みました。
しかし最澄は密教をじゅうぶんには学ぶ事が出来ず帰国したので、最澄はその野望を存命中に果たすことができなかったのです。
そこで、師が果たせなかった『密教をふくめた天台思想の再編』を目指して、円仁や円珍が中国に渡って密教研究をより深めたわけです。そして多くの経典や仏画を携えて帰国しました。
円仁、円珍が学んだこと、そして持ち帰った経典類などの研究が比叡山で深められましたが、やはり一筋縄でいくものではないので、そこで解釈の違いなどが生まれるわけです》」
「ここでも解釈の違い」