月とスッポン      ありのままは難しい

「灌頂堂と渡り廊下で繋がっているのが【長日護摩堂】。本尊は不動明王で、長日護摩供を行う道場です。
江戸時代に後水尾天皇の勅願により建立されたと伝わっていますが、建立年代を示す明確な資料は残されていないそうです。

そして、灌頂堂の裏に唐門があり、門を抜けると大師堂がある。共に桃山時代末の1598年の再建で、国の重要文化財となっています。
大師堂には【智証大師像二躯】と【黄不動尊立像】が祀られいます。
その智証大師像は御骨大師とも呼ばれ像高86.3cmで胎内に大師の舎利つまり遺骨ですね。
が、納められており、大師の臨終に際しての命により、 門人達が大師入滅後その姿を模刻したものだそうです。比叡山の千手院に祀られていたそうですが、門徒間の争いで993年 正暦四年にこちらに移されたそうです。
9世紀末、円珍没後まもない頃の作と思われ、まぁこれも秘仏ですけどね。

ただ毎年、大師の忌日に当たる10月29日に行われる【智証大師御祥忌法要】に際して、御開扉されいます」
「10月。会いに来れたらいいですね」
「会いに来ましょうね」

流された。


「《そして、三重塔はもとは奈良県吉野の比蘇寺、現在の世尊寺の東塔で、豊臣秀吉によって伏見城に移築された大和の比蘇寺の塔を 慶長五年に徳川家康が三井寺に寄進したものです。
初重の須弥壇には、1623年 元和9年に京都七条大仏師・康温の制作になる釈迦三尊像を安置します》」
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