月とスッポン ありのままは難しい
閉ざされた扉の奥に祀られている釈迦像に、ここに来れたことへの感謝と共にお騒がせしてすみませんと挨拶をする。
「にしても、三井寺は色々な所からやって来た建物が多いですね」
「そうですね。平安時代から600年もの間、争いの渦中にありましたから、無傷ではいられないでしょう」
「確かに」
「《織田信長により延暦寺との抗争も終わり、天下人となった豊臣秀吉とも良好な関係を築いて争いのない時代が、訪れたと安堵した矢先の1595年 文禄4年11月に突如として秀吉の怒りに触れ、寺領の没収、事実上の廃寺を命じられます》」
「何があった?」
「《何によって秀吉の怒りを買ったものかは諸説あって定かではありません。
ただ、秀吉による第一次朝鮮出兵、いわゆる文禄の役のあとで、戦線が膠着状態を呈していた時でもあって、豊臣秀次事件に連座したためとも言われていますが、不明です》」
「完璧巻き添え?」
「そうですね。三井寺側から言わせれば、関係者を泊めただけですから」
「うわぁ」
「《この結果、本尊の弥勒菩薩像や智証大師坐像、黄不動尊などは元園城寺長吏の道澄が自ら住持を務める照高院、現在の京都の妙法院の近くに避難させ、僧も保護したが、ほとんどの仏像や宝物はよその寺院へ移され、金堂をはじめとする堂宇も強制的に破却、移築されました。
当寺の金堂は比叡山に移され、現在も延暦寺西塔釈迦堂として現存しています。
残ったものは新羅善神堂、三尾社本殿、護法善神堂の他は上光院などいくつかの子院のみだそうです》」
「それはそれは」