月とスッポン ありのままは難しい
「《かつては【淳祐内供筆聖教】や【石山寺一切経】、【校倉聖教】など重要な経典が納められていました。
国宝の【淳祐内供筆聖教】は60巻にも及ぶもので、菅原道真の孫で、石山寺第三代の座主である淳祐が高野山奥ノ院の弘法大師の御廟に赴き、入定された大師の膝に触れたところ、その香気が手に移り、その手で書写した聖教類にも香気が残ったことから【薫聖教】とも呼ばれています》」
「弘法大師の香の匂いが移ったって事?」
「《淳祐内供は890年に生まれ953年にお亡くなりになっています。そして弘法大師は774年にお生まれになり835年に入定しました》」
「亡くなったのではなく、入定」
「永遠の瞑想に入ることを言うそうです」
「死して尚生き続ける。肉体からの解放。って、淳祐は会ってないじゃん」
「《醍醐天皇が夢の中で、髪はのび放題、髭ボウボウでボロボロの衣を着た僧を見たそうです。
「この僧こそ、空海に違いない。御廟で、このようなお姿でいらっしゃるのは、しのびない……」
そう考えた醍醐天皇は、後に醍醐寺座主になる僧 観賢を呼び、高野山の御廟へ行って大師の身なりを整え、新しい召し物を持っていくように命じます。
その旅に同行したのが弟子の"淳祐"です。
観賢一行は御廟に入り、身なりを整えてたのですが、一緒にいる淳祐には、大師の姿は見えなかったそうです。
それならばと、観賢は淳祐の手を取り、大師の膝に触れさせました。
淳祐の目には何も見えませんが、膝に触れた感触はしっかりと伝わり、そして、その手にはとても良い香りが移ったそうです》」
「その手で書いた物にも匂いが移ったと」