月とスッポン ありのままは難しい
「あちらに並ぶ2基の宝篋印塔は古くから源頼朝と彼の乳母の亀谷禅尼の供養塔です」
と言いつつ、近くに向かう事なく光堂を目指し歩き出す。
「《頼朝に石山寺の再興を勧め、剃髪後に石山寺に住して【石山の尼】と称したのが亀谷禅尼でした。
この2人のために後世の人々が供養塔を建立したと考えられています》」
緩やかに見えて結構足に来る坂道をひたすら登る。
案内図は略式で当てにしてはいけない。
これが春ならば色とりどりの花を楽しめるに違いない。
ただ花が咲いていない木の葉だけを見て
「見事な梅園ですね」とか「これはツツジでしょうか」など種類を楽しめるほど、花に精通していない私に問いかけてくる大河が憎らしくて仕方がない。
「よくわかりますね」
「家と同じ品種なのでわかるだけですよ」
しれっと言いやがる。
都心に生まれ育った人間が家と同じ木が
と言われると舌打ちをしたくなるのは私だけではないはずだ!
「あれが光堂ですね」
そんな梅園に隙間から見える建物を指差し言われ、顔を上げる。
疲れた時に見える目的地は、輝いて見てる。
だから光堂なのか?
「《石山を発祥の地とする東レ株式会社が創業80周年を記念して寄進したもので、本尊には快慶作の阿弥陀如来坐像を祀り、各種の講和や説法がここで営まれているそうです》」
「ここに頑張って登ってきただけでご利益がありそうです」