月とスッポン      ありのままは難しい
「《1435年 永享7年室町時代に、六代将軍足利義教が、その64年後の1499年 明応8年戦国時代初期にも細川政元が、延暦寺を焼き討ちをしています》」
「3回も」
「《いえ、室町時代に3回、戦国時代に1回。計4回ですね。小規模のモノを含めればもっと多いかもしれません》」
「なんと!」

蕎麦と蕎麦の代わりにうどんが入った名物を迷わず買う。1000円しか使えない昔ながらの販売機に大河が戸惑っている間に購入し席に着く様に指示をする。

券を店員に渡し、水を持って大河の元へと向かう。
食事代は自分だと財布を出しているが、「これぐらいはいい」と財布をしまわせる。

「《ただ、平安時代中期の1000年ごろ円仁派と円珍派に分かれて激しい対立が始まります。円珍派は山を下りて延暦寺の別院であった園城寺今の三井寺に入り、延暦寺から独立したことにより激化、それから両派は抗争を繰り返しました。
延暦寺による園城寺攻撃は中世末期までに園城寺の全焼7回、小規模なものまで含めると50回以上に上るという言われています》」
「つまり?」

「やられた側にもやられた理由があるという事です。
《叡山の収入は、寺領です。彼らは近畿、北陸を中心に全国に多くの荘園を持っていた寺領から多くの土地の税収得ていました。それに土倉と呼ばれる高利貸しも行っていて、利息は年利48~72%と言われています。現代では闇金融よりも悪質な金利です》」

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