月とスッポン ありのままは難しい
《但し、年齢については、特に執行が認めた者はこの限りではないとされるています》
と付け加えられても、その配慮の意味がわからない。
ただわかることは
「それはまた高いハードルですね」
ぐらいだ。
「《十二年籠山行は比叡山の大乗戒壇を設立し、そこで菩薩戒をさずけさせた僧を十二年間山で修行させ、真の大乗僧侶をそだてることが、最澄の壮大な夢だったそうです。
それが平安時代後期になると山内の規律が乱れ、相次いで結界を破って京都まで物見遊山する修行僧が多発します。
この姿を憂えた良源が【二十六ヶ条起請】を定め、修行僧を厳しく戒めました。
鎌倉時代に入って、興円が当初のかたちでの十二年間の籠山制度を復調させたものの、時を追うごとに籠山者は途絶えがちとなり、室町時代に真盛が十二年間の籠山を満行するも、その後はほとんど後に続く者の出ない状況が続いたそうです》」
「時代とか関係なくやばいんだ」
「今の時代にとかは関係ないかもしれません。
《それでも、織田信長に焼き討ちにあい復興された延暦寺において、【昔の教えに従って戒律を守る】という視点から、この機に緩んでいた修行僧の戒律を再堅持させるべく、17世紀末の元禄年間に妙立慈山、霊空光謙の師弟僧侶が、再建された浄土院と十二年間の籠山制度を結び付けて、浄土院境内で十二年間の籠山行を遂行するように取り決めました。
加えて、師匠たる妙立慈山が好相行を満行したうえで籠山行に臨んだことを踏まえ、霊空光謙は好相行の満行を籠山行に入る侍真の前提条件に加えたそうです》」