月とスッポン ありのままは難しい
言うと同時に大河を見れば、「よく気がつきましたね」と微笑まられた。
「階段の途中に、右に【西塔政所】の、左に【恵亮堂】の入り口がありました」
それを先に言え。
せっかく登り切ったのに。
「次回は必ず」
登るのに必死で周りを見る余裕がなかった自分が恨めしい。
「《延暦寺 学問所 止観道場と西塔政所は立ち入り禁止の札もかけられていました。
天台宗では坐禅のことを止観と呼ぶので、修行中なのでしょう》」
説明を聞くなら、眺めながら聞きたかった。
「《恵亮堂は大楽大師と称され、修力霊験に最も優れたという、恵亮和尚を本尊として祀るお堂です。
恵亮は京都の妙法院を創建した人なので、是非に行きましょうね》」
なぜ一緒に行くことになっている。
そして、なぜその場で言わない。
恨めしく思いながら、大河を見上げても、おかないなしに話は続く。
「《恵亮堂の前には円戒国師寿塔がありそうです。
円戒国師とは、天台宗真盛派の祖となった、真盛のことです。寿塔とは生前に建てた卒塔婆の事です》」
「そとうば?」
「《故人を追善供養するために立てるもので、よくお墓などで見かける木の板に書かれているものですよ》」
「あぁ」
「《円戒国師が生前建立した自らの墓碑したものです。応仁の乱で多くの国民が疲弊していたので、民衆を救う為に死を覚悟し自らの墓を建てたうえで、比叡山を降りたそうです》」
「生きては帰れないと言う覚悟ですか」