月とスッポン      ありのままは難しい

「《日吉社は延暦寺と次第に一体化していきます。天台宗が全国に広がる過程で、日吉社の山王信仰も広まって全国に日吉社が勧請・創建され、天台宗の成立するまでに大きな影響を与えたとされています》」

神輿収蔵庫を除くとガラス越しに細かな装飾された神輿が見える。

「《この神輿を担ぐ山王祭りは1200年以上の歴史があり、桓武天皇より神輿を寄進された事が始まりと言われています》」
「ここから神輿を担ぐ事が始まった。そうです」

書かれた文字を指さす。
指差した方を見てから何度か頷く。

「『1095年 嘉保2年の10月、延暦寺の大衆と日吉社が日吉社の神輿を担ぎ出した時に、小競り合いで誤って僧を殺してしまったそうです。
もちろん延暦寺時側は強く極刑を止めました。
双方の小競り合いの最中、その際に神輿に矢が刺さる事件が起きます。延暦寺・日吉社側は死傷者が出て撤退しました。
しかし、その後延暦寺が呪詛を使ったそれが日吉社の神輿の神威であると喧伝したため、朝廷にとっては日吉社の神輿は畏怖の対象ともなっていったと言われています。
これ以降、延暦寺および日吉社は度々この神輿を使っての神輿振り・強訴を繰り返し行い、平安時代から室町時代にかけての370余年の間に40数回も行われて、絶大な権力を有する天皇ですら制御できない存在となっていたそうです》」

「これが本当の神輿を担ぐ。ってか?って言うか、神様の乗り物である神輿をそんな風に使っちゃダメでしょ」
「ダメですね。だからこそ、焼き討ちは天の裁きと受け入れたのかもしれませんね」

こうやって、大河の説明欲に火が付くのか
と妙に感心してしまった。
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