あの夏、君と最初で最後の恋をした

悲しそうな笑顔で美也子さんは話してくれた。

朝、台風が近づいていると分かり早目に買い物に出かけた。
帰って荷物を片付けている時に指輪が失くなっている事に気づいた。
買い物に出る前には確かにあったから失くしたのは家からスーパーへの道だろうと思い、慌てて探しに出たがまだ見つからない。

「緩くなっているから外れやすいのに、着けていたからよね。
馬鹿ねぇ、私」

そう言って無理に作った笑顔を浮かべる美也子さん。

「馬鹿なんかじゃないです!」

そんな美也子さんに思わずそう叫んでしまった。

「友花ちゃん?」

不思議そうな顔をする美也子さんを前に言葉が止まらない。

「旦那さんと一緒に選んだんでしょう?
結婚してからずっとずっと着けてたんでしょう?
だったら緩くなったぐらいで着けないとか、そんな選択肢なんてない!
だって、着けてたら旦那さんが一緒に、隣にいてくれてるみたいだもん!
外せる訳なんてない!」

……そうだよ、外せないよ。
だって、どんなに前を向いて笑顔で生きていても、
ふとした瞬間に大好きな旦那さんが隣にいなくて、
寂しくて悲しくて辛くてどうしようもない時だってあるはずだ。

そんな時に、2人で選んで着けていた夫婦の証の結婚指輪は、美也子さんの支えになってたんだと思う。

「ありがとう、友花ちゃん。
友花ちゃんが分かってくれてるだけで嬉しいわ。
だから、大丈夫よ」

「美也子さん……。
私も探します!
大丈夫、すぐに見つかりますよ!」

そう言った瞬間、空からポツポツと雨を降ってきた。

「あら、降ってきちゃったわね。
早く帰りなさい、濡れて風邪を引いたら大変よ。
あ、傘いるわよね?
ちょっと待ってね」

そう言って家に入っていき、傘を持って出てきて私に差し出してくれる。

「ほら、小降りの内に帰らないと」

「でも……」

「大丈夫、友花ちゃんの優しい気持ちで嬉しさでいっぱいなの。
さ、早く帰らないと」

押される形で家へと歩き出す。

振り返ると美也子さんは家へと入るところだった。
玄関に手をかけ家へと入る前に、
空を見上げた美也子さんの頬にひとすじの涙が流れた。

……このままじゃ、駄目だ。

次の瞬間、家へと走った。
濡れるのなんて構わない。

「ただいま!」

ドアを開けそう叫んで荷物を玄関に置いてまた家を出ようとする私に、
颯太が驚いたように声をかけてくる。

「どうしたの?
どこにいくの?
今から雨が酷くなるし、もう今日は家にいないと。
それに濡れたままでいると風邪引くからシャワー浴びて……」

「ごめん!
私、美也子さんの指輪絶対見つけなきゃなの!」

颯太の言葉を遮りそう叫び、家を飛び出した。

見つけなきゃ。
美也子さんの大切な旦那さんとの思い出の指輪。




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