口下手な海上自衛官は、一度手放した元許嫁に海より深い愛を捧ぐ
(部下達が少しでも、息抜きできる時間を増やしてやりたい)

 真面目で勤勉な清広は、どうしても心が持たないと言う時以外は食事の時間を除き、体力の限界まで水測室で缶詰になり──。
 耳にヘッドフォンをつけて、神経を研ぎ澄ませる。
 時折聞こえる海の仲間達の声に癒やされながら、水音を聞き続けていた。

 ──航海中の潜水艦は、隠密行動が鉄則だ。

 搭乗員達は全員音を立てない生活を心がけているし、私語など以ての外。
 あちらこちらで彼らが大騒ぎするのは、乗組員達が死を覚悟した時だけだ。

 ──潜水艦の乗組員は、つねに孤独と戦っている。
 業務に関係がない雑談をしたい気持ちを心の奥底に押し留め、休憩時間は静かに過ごすことを求められていた。

 寡黙な清広にはとっては苦ではないことも、人との関わり合いを大切にしているタイプには苦痛で仕方がないのだろう。

「でさー。嫁がさー」

 食事中に上官の前で堂々と私語を楽しむ部下に、睨みを利かせながら。
 苛立ちを隠せない彼は休憩室へ向かった。
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