口下手な海上自衛官は、一度手放した元許嫁に海より深い愛を捧ぐ
(夫婦関係を破綻させずに長年連れ添っている人々は、一体どんな魔法を使っているのやら……)

 妻子持ちの夫婦生活が順調らしいと聞くたびに。
 清広は長年、不思議で堪らなかったが──つぐみとの同棲を経験したことにより、その答えを思い知らされた。

(自立した女性、か……)

 妻がいてもいなくてもいい存在として夫を受け入れ、期待さえしなければ──それなりに、うまくのだ。

(つぐみと別れを告げたのは、失敗だったと……数え切れないほど悔やんだが……)

 つぐみが保育士として手に職をつけたからこそ、清広がいない間も一人暮らしの時と変わらぬ生活をしながら、彼女は仕事に没頭できるのだ。

(精神的に未熟な状態で結婚したところで、きっとうまくいかなかったはずだ)

 清広はそう何度も自分に言い聞かせることで、つぐみを傷つけた罪から目を背ける。

 ──潜水艦の中には娯楽施設がない。

 与えられた休憩時間内の暇つぶしと言えば、読書やDVD鑑賞くらいなものだ。

 一般的な海上自衛官達は、豪華な食事を毎日楽しみにして、日々仕事に明け暮れているが──。
 彼が潜水艦の中で一番楽しみにしているのは、食事ではない。
< 112 / 160 >

この作品をシェア

pagetop