口下手な海上自衛官は、一度手放した元許嫁に海より深い愛を捧ぐ
「右側が護衛艦、左に停泊しているのが潜水艦だ」
「清広さんが普段乗っている鉄のくじらさんも、地上から見えるのですか……?」
「いや、どれに乗っていたかは言えない」
「そ、そうですよね……。ごめんなさい……」

 テンションの上がりすぎたつぐみは、言わなければよかったと、しょんぼり肩を落とす。

 そんな彼女の天真爛漫な姿を優しい瞳で見守っていた夫は、妻にある提案をした。

「もう少し、近くで見るか」
「見たいです!」

 キラキラと目を輝かせたつぐみの気持ちに応えるようにして、清広はゆったりとした足取りで海に近づいていく。

 つぐみはデコボコしているアスファルトに躓いて転ばないように気をつけながら、彼の腕に纏わりつき──身を乗り出して、潜水艦へ目を凝らす。

「色が真っ黒なので、よく見えないですね……」
「派手な色をしていたら、敵に見つかってしまうからな。潜水艦は、隠密行動が鉄則だ」
「なるほど……。だから清広さんも気配がなくて、足音もしないのですか?」
「ああ。潜水艦の中では、音を立ててはいけないんだ」
「なんだか、忍者みたいですね」
「ああ。海の忍者と呼ばれることも、あると聞く」

 清広の口からリズミカルに紡がれる雑学を頭に押し込んだつぐみは、隣に並ぶ夫を見上げた。
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