口下手な海上自衛官は、一度手放した元許嫁に海より深い愛を捧ぐ
 愛する妻が熱中症で倒れぬよう、右手で黒いレースの日傘を指している彼は、感情の読み取れない瞳で停泊中の潜水艦を眺めている。

「……潜水艦に、戻りたいですか……?」
「いや。今は妻と愛し合いたい」
「えっと……」
「冗談だ」

 真顔で紡がれた言葉を本心と受け取るべきかは、微妙なところだ。

 つぐみには潜水艦を見つめる清広の瞳が揺れているように見えたのだが、気の所為だったのかもしれない。

「あまり長々と太陽の下を歩いていると、熱中症で倒れてしまうぞ」
「清広さん」

 夫の気持ちを思いやるのであれば、彼とともに公園をあとにするべきだ。

 だが、夫婦としてともに歩くと決めた以上は……。
 白黒はっきりつけておいた方が、後々トラブルにならずに済むと考えたのだろう。

 彼女は夫へ、素直な気持ちを打ち明けた。

「私は清広さんが潜水艦を愛していても、浮気だとは思いません」
「……俺が愛するのは、つぐみだけだ」
「そうでしょうか。私には、恋をしているように見えました」
「馬鹿を言うな」
「自分の気持ちに、嘘をついたら駄目ですよ」

 清広は淡々と否定し続けていたが、長々と自分の気持ちに嘘をつき続ければ、つぐみが怒り狂うと判断したらしい。
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