口下手な海上自衛官は、一度手放した元許嫁に海より深い愛を捧ぐ
「は、離してください……!」
「そばにいてくれ」

 先程までとは異なる声音を耳にして、彼女はバタバタと足を動かすのを止めた。
 恐る恐る彼を見つめれば、捨てられた子犬のような目をしていることに気づく。

「お願いだ。つぐみがいない生活は、もう耐えられない……」

 清広はつぐみに拒絶されたことが、相当堪えたようだ。
 彼が弱っていると知ったつぐみは、少しだけ信じてみようと言う方向に気持ちが傾く。

『清広さんが苦しくてつらい時は、私がそばにいてあげます』
『つぐみ……』
『だって私は、清広さんの許嫁ですから!』

 幼い頃に交わした約束を、思い出したからだ。

(ここで絆されたら……。また捨てられるって、わかっているのに……)

 彼を突き放しきれない彼女は渋々、清広に問いかけた。

「あの……。一名宿泊で予約している所に、人数が増えるのは……」
「それなら問題ない。事前にこの部屋は、二名宿泊で申請してある」
「そうなんですか」
「ああ。安心して、俺のそばで眠ってくれ」

 獰猛な狼が牙を隠して哀れな子羊を虎視眈々と狙っている状況で暢気に眠れたら、苦労はしない。

(本当に、大丈夫なのかな……?)

 つぐみは不安でいっぱいだったが、清広が彼女を離す気がなければ、どうしようもない。

「お休みなさい」
「ああ」

 ──観念したつぐみは、ゆっくりと目を閉じた。
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