口下手な海上自衛官は、一度手放した元許嫁に海より深い愛を捧ぐ
 彼を意図的に拒んでいた半年前のつぐみであれば、清広の腕から逃れようと必死になっていたが──。

 彼と気持ちを通じ合わせた彼女が、清広を拒む理由はない。

「清広さん、大好きです……」

 彼の背中に両腕を回し、自らの意思で密着すれば──。

 清広はしばらく愛する人のぬくもりを堪能していたが、すぐに我に返った様子で彼女を押しやった。

「す、すまない。魔が差した……」
「清広さん……? 私とくっつくの、嫌、でした……?」
「違う。俺は好きだが。そうではなく……」

 顔を赤くしたり青くしたりと忙しない様子を見せる清広は、言いづらそうにつぐみから視線を逸し、彼らしくもないか細い声でポツリと呟く。

「昔の感覚でつい、つぐみを見てしまうとすぐに密着してしまうが……俺は体臭がきつい。あまり、いい気分はしないだろう」

 潜水艦乗りは長時間密室で生活するため、軽油と汚水が混ざり合ったような臭いが染みついてしまい、簡単には取れないのだ。

 慣れるまでは当然、つぐみにも思うところはあったが──許嫁として幼い頃からずっと彼とともに過ごしてきた彼女は、海上自衛官として働く前の清広をよく知っている。
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