凍った花がとけるとき

4.我慢と過去

「副社長、ネクタイしてください!」
「あ、ごめん忘れてた。選んでくれる?」
「今日はこれですね、お伺い先の製品です」
「ありがと。あ、三崎さん」
「はい?」
「結んでくれる?」
「……わかりましたから、屈んでください」

 呆れたような目を向けられた気がしたけれど、すぐに小さくため息を吐いた彼女は、ゆっくりとこちらに向き直る。
 三崎さんの手が、まるで抱き合うみたいに首元にまわされて、柄にもなくときめいた。
 今日は彼女は内勤だけど、このままついてきてくれないかなあと願ってしまう。

 だんだん、自分のわがままに彼女が応えてくれるようになった気がしている。
 今までだったら軽くあしらわれていたけれど、少しずつ、少しずつ。

 三崎さんのことを見ていて、気づいたことがある。
 彼女に少し触れたり、好意を伝えるように振る舞うと、彼女はいつも悲しそうな顔をする。その後、照れたり怒ったりするけれど、まず最初に怯えたような、辛そうな表情を浮かべるのは、いったい何故なんだろう。

 そこに彼女の本音が隠れている気がして、いつか話してもらえるまでゆっくりゆっくりと距離を縮めていこうと決意した。
 もう二年以上好きでいるのだから、今更焦っても仕方ない。

 でもそう思う自分と、早く彼女を自分のものにしたいという欲求が交互にやってきて、頭のなかで自分の分身である天使と悪魔が常に戦っている気分だ。

「午後の会議までには戻るから。準備よろしくお願いします」
「はい、いってらっしゃいませ」

 玄関まで送りにきてくれた彼女に手を振って、車に乗り込む。
 三崎さんにいってらっしゃいと見送ってもらうのも悪くないな、と思いながらも、次の出張には同行を頼もうかと真剣に考えていた。彼女と一緒にいたいという個人的な思いもあるけれど、それ以上にまとめてくれる資料が的確なので、同席してもらった方が話が早いという理由もあった。


 二年前、自分が副社長に就任するにあたって、父である社長にひとつお願いをした。
 それは、自分と同じような新入社員と組みたいという希望だった。最初、社長は北條を俺の秘書につけようとしていたらしい。もちろん北條の実力は確かだけれど、俺はまだ何色にも染まっていない新人を採用したかった。一から一緒に成長していきたいと思ったからだ。大手とはいえ時期も悪く、なかなか面談まで漕ぎ着ける人数が集まらなかったなか、面接で初めて三崎さんを見た時、彼女だと直感した。

 彼女からは、ここに賭けてみよう、という意気込みが強く感じられたからだ。それと同時に、微笑む表情は儚さすら感じられて、一気に引き込まれてしまった。

 あれから二年。自分の目は間違っていなかったと自信を持っていえるけれど。
 あのとき自分が引き寄せられた彼女の儚さに、今自分が陥っている状況の原因がある。そのことに、俺はまだ気づけていなかった。

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