凍った花がとけるとき
 三崎さんと帆足が時々会っているらしいことは気づいていた。彼女のデスクの上に、彼が選んだのであろう本が置いてあることもあった。当然、面白くはない。でもそれが、三崎さんの仕事にプラスとなっていることは明らかなので、無下にやめろと言うこともできなかった。
 でも帆足が持っている本は俺も持っているものばかりだから、こっちに言ってくれればいくらでも貸すのに、と思うことも多々あった。

 そもそも三崎さんに頼んでいる仕事内容は、秘書の域を超えている部分もある。どちらかというと営業アシスタント的な立ち回りだ。だから仕事の面でも彼女を手離す気はないし、むしろ今更手離すこともできない。北條あたりに、会社としてはあまりに代わりの効かない仕事のさせ方はよくない、と指摘されてしまうかもしれない、と危ぶんでいる。


 打ち合わせはスムーズに終わり、予定よりだいぶ早く帰社できた。
 執務室に戻ると三崎さんは不在だった。会議室の準備をしているのだろう。今日はこちらから発表する計画があるので、機材をセットしているのかもしれない。ただ顔が見たいだけだったけれど、様子を見に行こうと会議室が並ぶフロアに降りた。
 けれどすぐに、おかえりなさいと温かい声で出迎えてもらいたいという子供じみた発想を持ったことを後悔することになる。
 会場は、最奥の一番大きな会議室を予定していた。わずかに開いた扉が見えて、ああ予想通りと覗き込めば、中には三崎さんと、帆足がいた。彼女は資料を一席ずつ並べていて、帆足もそれを手伝っているようだった。三崎さんが置いた紙の上に、帆足が続いて、サイズの違う用紙を重ねていく。

「三崎さんって、副社長とつきあってるの?」

 帆足の声に、手を止めることなく彼女は笑う。

「ええ!? なんで?」
「この前の休み、一緒にいるところ見た人がいるって。あのアウトレット」
「ああ。視察だよ。仕事の一環」
「……そっか。そうだよね」
「そうだよー。付き合ってるわけないよ。雲の上の存在だよ」
「でも仕事上はそんなことないじゃない。三崎さんあっての副社長だって」
「まさか。わたしは雑用係みたいなもの。ただ一緒にいる時間が長いだけだって」

 気づけば息を詰めていた。三崎さんの言葉が、ぐさりぐさりと突き刺さって、目の前が暗くなっていく。

「じゃあさ、俺と――」

 ここまでが、限界だった。
 わざと大きく音を立てて扉を開く。

「ああ、三崎さん。やっぱりここにいた」
「おかえりなさいませ。副社長」

 今やってきました、なんてくだらない芝居は見て見ぬふりをしてくれたのか、三崎さんは資料を片手に頭を下げる。
 念願叶っての「おかえりなさい」だったのに、そこには他人行儀な音しか聞き取れなかった。
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