凍った花がとけるとき
 副社長の外出中に、午後の会議室の準備をしていると、なぜか帆足くんがやってきた。大きな契約がまとまったから、息抜きがてら一休みしていたのだという。
 さすがだなと思っていると、なぜか一休み中の帆足くんが、会議の準備を手伝ってくれた。

「手を動かしている方が落ち着くから」という帆足くんの言葉に甘えて、机を配置したり資料を並べたりするのを一緒に手伝ってもらう。おかげでスムーズに進んだけれど、帆足くんからも、副社長との関係を聞かれてしまった。

 でも、今までも散々出張やパーティーに同伴してきたし、土日に会っていたからといって、なんで今更付き合ってるのか、聞かれるのだろう。
 別に手を繋いでいたわけでもない。
 並んで歩いていただけだ。帆足くんほどの人なら、今後の計画に関係あるアウトレットモールだということもわかるはず。
 それでもそう聞かれてしまうということは、見ているだけでわたしの気持ちの変化が顕著だということなのだろうか。
 自分の気持ちの変化を見透かされているかもしれない、と思うと、上手くごまかせているのか不安になった。

 あの日の副社長のことを思い出していると、突然会議室に副社長が現れた。
 なぜか焦っているように見える。何かトラブルだろうかと聞けば、「午前中の打ち合わせは(すこぶ)るうまく行った」そうだ。確かに、うまくいっていなければ、この時間に帰ってこれていないだろうけど。

「準備終わった? ちょっと来週の相談をしたくて、戻れる?」
「あ、はい。大丈夫です」

 帆足くんにお礼を言って、会議室を後にする。
 最近はお茶もこちらで用意せず、各々出席者が持ち込めばいい、と副社長が社内に通達してくれたので、準備もずいぶん楽だ。


 執務室に戻って差し出されたのは、ある会社の概要だった。
 突然だがお世話になっているこの会社の方から、若手社員に向けて講演会の依頼があったので、どこかでスケジュールを組めないかという話だった。先方の昼休みに合わせての短い講演だから、予定に組み込めなくもない。
 ついでに他の日程調整もし終えたところで、「帆足となんで一緒だったの?」と副社長が言った。少し不機嫌だ。いつもより眉が下がっているし、前髪が目にかかって表情が見えにくい。

「なんで……。その、手伝いに来てくれたみたいで」

 わたし自身もわかっていないのだから、ずいぶんふんわりした返事になってしまう。
 副社長はじっとわたしを見つめたかと思うと、つと目を逸らした。

「ふうん」
「お願いしたわけじゃないですよ」
「さすがにそれはわかってるよ。でもなんか密会みたいだなあって」
「やめてください、副社長まで――」

 変なことを言わないでほしいというつもりだったけれど、思わず口にした言葉に、副社長の目がいっそう鋭くなった。

「へえ。なんか言われた? 帆足に」
「いえ、別に……」

 付き合っているのか聞かれたと答えるには気まずくて口籠もると、副社長は何かを見透かすように見つめてくる。
 わたしがあからさまに俯いたせいか、会話はそこで止まってしまった。

「……ま、いいけど」

 最近、今まで通りに話していたと思っても、突然会話が続かなくなってしまうことがある。副社長の雰囲気が変わったこともあるし、わたし自身が今までのように冗談ですませることができなくなってきているからだ。

 副社長の秘書はやりがいがある。残業やイレギュラーな出勤も多い仕事は大変だけど、面白く感じられるようにもなってきた。何より副社長の仕事っぷりは惚れ惚れするし、この人の部下でいられることは嬉しい。
 でも――。
 もしわたしが二度と恋愛をしないと決めていなければ、この人と付き合っていたのだろうか、と考える。
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