凍った花がとけるとき
 三十分ほど経ったところで、そろりと足音が聞こえてきて、目を上げると、片付けのついでに着替えたらしい三崎さんがこちらを窺っている。普段のオフィスカジュアルと違って、ふんわりしたワンピースにパンツを合わせているのが新鮮だ。

「あの、大体片付きました……」
「そう? じゃあ買い物に行こうか」
「はい……あの」

 三崎さんは頷いたものの、こちらの手元をじっと見ている。

「ああ、この本。結構面白いよ、あとで読む?」
「はい!」

 嬉しそうに微笑まれて、こちらまで顔が緩んでしまう。

「あ、そうだ。三崎さん結構勉強してるでしょ、だったら……」

 くいくいっと手招いて一緒に書斎へ向かう。大きく扉を開けると、廊下からそっと覗き込んでいる。

「いいよ、自由に入って」
「すごい……」

 本はどんどん増えていくから、入って突き当たりの壁とその左隣の二面は天井まで続く本棚になっている。その手前、入って右の手前にデスクがあって、その並びの壁際に窓。窓の前には背の低い棚が置いてあるけれど、ここの収納は全然生かされていない。空いたスペースには、いつか処理しなきゃと思っている紙の書類が積まれているだけだ。

「すごい蔵書ですね……」
「三崎さん読みたいのあったら自由に持っていっていいよ」
「え?」
「いつでも入ってもらっていいし」
「それは……」
「だって三崎さんに見られて困るものないし。仕事内容だって隠すことないんだから」
「それは、そうかもしれませんが……でもこんなにあったら、どの本を読んだらいいのか迷っちゃいそうです」
「そっか。じゃあ、この前読んでたやつの、少し応用編はどうかな、これとか」

 帆足が貸したのだろう本を抱えていたのを思い出して、少し苦い気持ちになりながら、一冊の本を取り出す。

「あ、これ。参考文献で載ってました」
「でしょ。この前の、読み終わったならちょうどいいと思う」
「ありがとうございます。お借りします」

 そう言って大事そうに本を抱える様子に、ひどく満足した。
 これからは、自分が貸せるのだ、という小さな優越感だ。

 買い物から帰ってきたらゆっくり読書でもしようと約束して、再び家を出た。

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