凍った花がとけるとき
7.安息と後悔
副社長の家にお邪魔して一ヶ月が過ぎた。
わたしは、ありえないくらい恵まれた生活をさせてもらっている。
そもそも朝、起きる時間が遅くてよくなった。
これまでは通勤で一時間近くかかっていたのが、車で直通十分になった。本当は副社長より早く出社したいところだけれど、さすがに渡辺さんを二往復させるわけにもいかず、一緒に通勤しているからだ。
朝、身支度をしてから二人分の簡単な朝食を用意して、コーヒーが落ちたあたりで、スーツに着替えた副社長が起きてくる。トーストにハムにサラダ(野菜千切ってドレッシングかけただけ)にコーヒーという手抜き極まりないメニューだけれど、近所のパンが美味しいせいか、十分贅沢な朝食に感じられる。フルーツもつければ完璧だ。
食べ終わったら簡単にお皿を洗って、渡辺さんが到着するタイミングで家を出る。洗濯は自分でしているけれど、掃除は通いのキーパーさんがしてくれるので、家はいつも清潔。わたしが雑に伏せた食器も、帰ってきたときにはあるべき場所に収まっている。
仕事を終えて帰ってくればキーパーさんが作ってくれた食事が、冷蔵庫に整然と並べられている。一人じゃ食べきれないから三崎さんも食べて、と言われているので、遠慮なく温めていただいてしまう。
副社長の方が帰りが遅かったり会食だったりする場合は、副社長を会食先に送り届けたあと、渡辺さんがわたしだけをマンションに送ってくれる。
本当に申し訳ないのだけれど、渡辺さんは「どうせ待ってるんだったら車走らせる方が気が楽です」と言ってくれるので、これもまた甘えてしまっている。
副社長が外で食べずに、それでもわたしより遅く帰ってくる日は、さすがにご飯を温めて並べるくらいのことはする。あと、二人分の食器を洗うくらいのことは。
それから部屋のお風呂に入って、洗濯機をまわす(乾燥機もあるのが本当に助かる)。副社長の服はキーパーさんがやってくれるので、これも自分の分だけだ。
それでも時間があれば、借りた本を読んだり、書斎の整理を手伝ったりする。
時々副社長が読んでいる本の説明をしてくれたりするので、慌ててメモをとったりしていれば、あっという間に時間がすぎ、また次の日を迎える。
土日はキーパーさんがお休みなので、朝ご飯を食べたあと片付けや気持ちばかりの掃除をしてみたりもするけど、平日毎日ピカピカに磨き上げられているので、わたしにできることはほぼない。
とにかく、生活が楽だ。平日の疲れが全然残らない。
せめて家にいるときは料理をしようと、作ったものを食べてもらったりしているけれど、もはや趣味の一環みたいなものだ。
副社長は土日も仕事に出かけたり、書斎に籠ったりオンラインミーティングをしているので、申し訳ない気持ちになってくる。
「でもちょっとお腹空いたって思ったときにご飯出してもらえるのめっちゃくちゃ助かる」と言われたので、それだけは死守しようと決めた。
金曜の夜に食材を注文しておけば翌日には届くので、それを使って料理をしている。
最初はそのお金すら副社長が出そうとしていたので、それだけは断った。アパートの家賃がかかっているとはいえ、光熱費も外食費もはたまた書籍代すら浮いているのだから、このくらいは払わないと人としてまずいと思う。
最初は外に食べにいこうと言っていた副社長も、最近週末はできるだけ家で過ごしたいと言っているので、なるべくそれに添うようにしたいと思っている。まさか誠治との結婚生活を目指して行なっていた花嫁修行が、ここで生きるとは思わなかった。見栄っ張りの母が、わたしを料理教室に通わせた過去に、初めて感謝した。
と言っても平日の副社長はほぼ外食だ。日付が変わる前には帰ってくるけど、22時を過ぎていることが多い。わたしがオフィスで副社長を見送ってから、こんなに長時間働いているなんて。改めて知った事実に、申し訳ない気持ちが増してゆく。
会食の予定は把握しているけれど、それが何時に終わるかまでは考えたことがなかった。大体手土産を持たせて、会社で見送って終わりだったから。
せめて帰ってくるまで待ってようとすれば、今度は毎回おみやげを買って帰ってきてくれるようになってしまった。今日行ったレストランのデザートがおいしかったからケーキを買ってきた、とか、それが焼き菓子になったりプリンになったりする。
玄関が開いた音を聞いて「おかえりなさい」と出迎えれば、目尻を下げて微笑まれてしまって、きゅんと胸がときめいた。
わたしは、ありえないくらい恵まれた生活をさせてもらっている。
そもそも朝、起きる時間が遅くてよくなった。
これまでは通勤で一時間近くかかっていたのが、車で直通十分になった。本当は副社長より早く出社したいところだけれど、さすがに渡辺さんを二往復させるわけにもいかず、一緒に通勤しているからだ。
朝、身支度をしてから二人分の簡単な朝食を用意して、コーヒーが落ちたあたりで、スーツに着替えた副社長が起きてくる。トーストにハムにサラダ(野菜千切ってドレッシングかけただけ)にコーヒーという手抜き極まりないメニューだけれど、近所のパンが美味しいせいか、十分贅沢な朝食に感じられる。フルーツもつければ完璧だ。
食べ終わったら簡単にお皿を洗って、渡辺さんが到着するタイミングで家を出る。洗濯は自分でしているけれど、掃除は通いのキーパーさんがしてくれるので、家はいつも清潔。わたしが雑に伏せた食器も、帰ってきたときにはあるべき場所に収まっている。
仕事を終えて帰ってくればキーパーさんが作ってくれた食事が、冷蔵庫に整然と並べられている。一人じゃ食べきれないから三崎さんも食べて、と言われているので、遠慮なく温めていただいてしまう。
副社長の方が帰りが遅かったり会食だったりする場合は、副社長を会食先に送り届けたあと、渡辺さんがわたしだけをマンションに送ってくれる。
本当に申し訳ないのだけれど、渡辺さんは「どうせ待ってるんだったら車走らせる方が気が楽です」と言ってくれるので、これもまた甘えてしまっている。
副社長が外で食べずに、それでもわたしより遅く帰ってくる日は、さすがにご飯を温めて並べるくらいのことはする。あと、二人分の食器を洗うくらいのことは。
それから部屋のお風呂に入って、洗濯機をまわす(乾燥機もあるのが本当に助かる)。副社長の服はキーパーさんがやってくれるので、これも自分の分だけだ。
それでも時間があれば、借りた本を読んだり、書斎の整理を手伝ったりする。
時々副社長が読んでいる本の説明をしてくれたりするので、慌ててメモをとったりしていれば、あっという間に時間がすぎ、また次の日を迎える。
土日はキーパーさんがお休みなので、朝ご飯を食べたあと片付けや気持ちばかりの掃除をしてみたりもするけど、平日毎日ピカピカに磨き上げられているので、わたしにできることはほぼない。
とにかく、生活が楽だ。平日の疲れが全然残らない。
せめて家にいるときは料理をしようと、作ったものを食べてもらったりしているけれど、もはや趣味の一環みたいなものだ。
副社長は土日も仕事に出かけたり、書斎に籠ったりオンラインミーティングをしているので、申し訳ない気持ちになってくる。
「でもちょっとお腹空いたって思ったときにご飯出してもらえるのめっちゃくちゃ助かる」と言われたので、それだけは死守しようと決めた。
金曜の夜に食材を注文しておけば翌日には届くので、それを使って料理をしている。
最初はそのお金すら副社長が出そうとしていたので、それだけは断った。アパートの家賃がかかっているとはいえ、光熱費も外食費もはたまた書籍代すら浮いているのだから、このくらいは払わないと人としてまずいと思う。
最初は外に食べにいこうと言っていた副社長も、最近週末はできるだけ家で過ごしたいと言っているので、なるべくそれに添うようにしたいと思っている。まさか誠治との結婚生活を目指して行なっていた花嫁修行が、ここで生きるとは思わなかった。見栄っ張りの母が、わたしを料理教室に通わせた過去に、初めて感謝した。
と言っても平日の副社長はほぼ外食だ。日付が変わる前には帰ってくるけど、22時を過ぎていることが多い。わたしがオフィスで副社長を見送ってから、こんなに長時間働いているなんて。改めて知った事実に、申し訳ない気持ちが増してゆく。
会食の予定は把握しているけれど、それが何時に終わるかまでは考えたことがなかった。大体手土産を持たせて、会社で見送って終わりだったから。
せめて帰ってくるまで待ってようとすれば、今度は毎回おみやげを買って帰ってきてくれるようになってしまった。今日行ったレストランのデザートがおいしかったからケーキを買ってきた、とか、それが焼き菓子になったりプリンになったりする。
玄関が開いた音を聞いて「おかえりなさい」と出迎えれば、目尻を下げて微笑まれてしまって、きゅんと胸がときめいた。