凍った花がとけるとき
 ある日、なかなか副社長が帰ってこなかった。明日は土曜日とはいえ、もう日付が変わっている。何かあったのだろうか、とリビングをうろうろして、渡辺さんに電話をかけてみようかと躊躇っていたところで、玄関が開いた。
 出迎えに行く前にガタンと大きな音がして、副社長が玄関に倒れるように座り込んでいた。

「大丈夫ですか!?」

 慌てて駆け寄れば、副社長がへらりとした顔でこちらを見る。

「あー、ただいま」
「おかえりなさい……どうしたんです?」
「んー、ちょっと珍しく飲み過ぎたかも」
「ええっ……立てます?」

 ふらふらと壁に手をつく副社長の腕を自分の肩にまわして、リビングまで進む。いくら広いとはいえ、普段あっという間に着く距離が、全然近づかない。リビングがやたら遠く感じられた。
 転がるようにソファに座った副社長の腕を外して抜け出すと、ペットボトルの水を取りにいく。

「副社長、とりあえず飲んでください」
「んー」
「んーじゃないですよ、もう」

 キャップを外して渡すけれど、手がふらふらしていて危なっかしい。しばらくそのまま動かなかったけれど、突然ごくごくっと水を飲み始めた。

「何かあったんですか?」
「うーん、あった。でもいいこと」
「ならいいんですけど……」

 今日は大手IT企業の御曹司と会食だったはずだ。年齢も近いしそんなに無理な接待にはならないと思ったんだけど。
 何度かに分けてペットボトルの水を飲み切ったので、手からそっと抜き取る。

「いいことがあったから、三崎さんにも説明したい」
「仕事ですか?」
「んーんー。違う」

 へえ、と思いながらソファの方を見ると、立ち上がった副社長がふらふらと洗面所に向かっていく。

「無理しないほうが……」
「大丈夫。シャワーしてくる……」

 むにゃむにゃ言っているけど大丈夫だろうか。まさかお風呂場を覗くわけにもいかないけど、転んだりしないように出てくるまでは耳をそばだてておくことにした。
 何度も洗面所の前まで行って、中の様子を窺う。シャワーの音は鳴り止まなかったけれど、倒れるような音もしないから大丈夫そうだ。10分後くらいにがらっとドアが開く音がしたので、慌ててリビングに戻った。
< 37 / 62 >

この作品をシェア

pagetop