凍った花がとけるとき
 窓のブラインドを下ろし、リビングを覗くと三崎さんの姿はなかった。炊飯器をセットしてくれているようで、暗がりのなかに赤い光が灯っている。
 万が一があったらいけないから、一人では外出しないでほしいと伝えていて、彼女はそれを律儀に守ってくれている。もちろん会社でもない場所にあの男が現れるとは思えないから、なかば行き過ぎた心配なのだけれど。
 今日も出かけているわけではないよな、と思って三崎さんの部屋の前までそっと近づく。ドアから微かに光が漏れていて、部屋にいるんだと思ってほっとした。
 するとがちゃりとドアが開いて、三崎さんが出てきた。思わず飛び退いてしまう。

「どうしたんですか?」
「ううん。気づいたら結構時間経っちゃってたから」
「そろそろ夕飯にします? お昼も抜いちゃいましたし、そろそろご飯炊けますよ」
「うん、じゃあ一緒にやる」
「温めるだけですけど……」

 キッチンに入り、二人で冷蔵庫を覗きながら、作り置きしてくれているおかずのなかで、何を食べたいか言い合いながら中身を取り出す。三崎さんがいつも作ってくれる蕪のピクルスが好きだから、忘れずに出した。
 ハウスキーパーに作ってもらっている平日も、これだけは毎日のように食べているせいで残りが少ない。でもこうして減ってくると、次見たときにはまた量が増えているから、三崎さんが定期的に作り足しておいてくれているんだろう。

「そういえば、明日竣工式のあと、実家に寄ってくるね」
「じゃあ実家で夕飯召し上がりますよね」
「うーん、帰ってきたいけど」
「だめですよ、最近あんまり帰られてないって、北條さんも気にしてましたから」
「うーん……」
「じゃあ明日はご飯炊かないので、帰ってこられてもご飯はありません」
「三崎さんはどうするの?」
「わたしは……パスタ食べます」
「なら俺もパスタ食べたい」
「だめです、ズボラパスタなんで。副社長には食べさせられません」
「えー何それ、逆に気になる」
「とにかく、明日はちゃんとご実家で親孝行してきてください。ズボラパスタはそのうち作りますから」
「本当? じゃあ我慢する」
「はい、それでお願いします」

 三崎さんは話しながらも器用におかずを温め直している。ふふっと笑っていて、どこまで本気かわからないけれど、でもそのうち(・・・・)、が本当にくるなら、その日を待っているのも楽しいかもしれない。


 三崎さんが家に来てから、土日はなるべく外出しないようにしている。その分平日に会議や接待を詰め込んでいるから、家でこなすデスクワークは増えているけれど仕方ない。
 夕飯を食べ終わると書斎に籠った。あちこちからトラブルやら決済に関する連絡が来ていて、普段だったら気にならないのにため息が溢れた。
 結局その日は、ほとんど三崎さんと会話ができないままだった。

 翌朝も、家を出るときに玄関で「いってらっしゃい」と見送ってくれたけれど、ほとんど話せなかった。

 泊まっていけと引き留める母親を振り切って帰ってきたものの、結局ほぼてっぺん近くになってしまった。当然ながら三崎さんは部屋にいる時間なので、今日も大事なことは何も話せそうもない。
 自分が撒いた種なのに、ため息が漏れた。
< 40 / 62 >

この作品をシェア

pagetop