凍った花がとけるとき
デスクに戻ってため息を吐く。帆足くんの言葉は自意識過剰かと思ったけれど、きっとそういうことだ。だって彼は、思わせぶりな態度をとるような人じゃない。
頭を抱えたくなる衝動を堪えて午後の仕事の準備をしていると、副社長が帰ってきた。
扉の音に、大きく肩を震わせてしまう。その様子を見たからか、険しい顔で副社長が近づいていた。
「三崎さん? なにかあった?大丈夫?」
「だ、大丈夫です。ちょっと驚いただけで」
「そう? あ、これお土産」
そう言って渡されたのは、小さなガラス瓶に入ったお菓子だ。
「琥珀糖だって。キラキラしてて綺麗だったから」
「ありがとうございます」
「糖分取って。このまま上で打ち合わせに出るから、あとよろしく」
「はい。お帰りの際にお渡しするものがあるので、後ほど玄関までお見送りにいきます」
「了解。予定通りに終わると思う」
「かしこまりました」という返事は最後まで届いたのかわからないタイミングで、慌ただしく副社長は執務室を出て行った。
受け取った瓶の中には、ピンク、黄色、水色……と淡い色合いのゼリーみたいなお菓子が詰め込まれていた。なんてことない蛍光灯の光を受けてキラキラと輝いている。休憩するときに食べよう、と思いながらデスクの特等席に飾った。
一時間ほど事務作業をこなし、お渡しする手土産と先方に頼まれていた資料を手に、エントランスまで降りてゆく。副社長から特に連絡はない。ということは商談は上手くいって、時間通りに進んでいるのだろう。
エントランスのエレベーターホールの隅で待っていると、「今降りられたよ」と副社長から社用携帯にメッセージが入る。それから間もなく、終了時刻ちょうどにエレベーターが上の階から到着して、本日のお客様であったA商事の営業部長と、我が社の担当者が降りてきた。メッセージが届いたことで予想していたけれど、副社長は対応した部屋で見送ったらしく、一緒にはいなかった。
素早く近寄って先方に来訪のお礼を述べ、手土産の紙袋と資料を渡した。
担当者と一緒に正面玄関までお供し、姿が見えなくなるまでお辞儀をしてから踵を返した、その時だった。
「紗央里っ!」
聞き慣れた、恐ろしい声が耳に届いた。嫌だと思ったその瞬間、目の前に飛び出してきた影に両腕を掴まれる。
ひっと声が漏れた。全身に鳥肌が立つ。よれよれのスーツを着た誠治が、わたしの体を押さえつけるように拘束していた。叫びたいのに、咄嗟に声が出ない。
一緒にいた担当者は突然現れた誠治に驚いてはいるものの、わたしが何も言わないからかどうしていいかわからないようだ。
「……い、や」
やっとこぼれたのは、誰にも聞き取られないような小さな声だった。正面から向き合うようにぐいっと腕を引っ張られた。
頭を抱えたくなる衝動を堪えて午後の仕事の準備をしていると、副社長が帰ってきた。
扉の音に、大きく肩を震わせてしまう。その様子を見たからか、険しい顔で副社長が近づいていた。
「三崎さん? なにかあった?大丈夫?」
「だ、大丈夫です。ちょっと驚いただけで」
「そう? あ、これお土産」
そう言って渡されたのは、小さなガラス瓶に入ったお菓子だ。
「琥珀糖だって。キラキラしてて綺麗だったから」
「ありがとうございます」
「糖分取って。このまま上で打ち合わせに出るから、あとよろしく」
「はい。お帰りの際にお渡しするものがあるので、後ほど玄関までお見送りにいきます」
「了解。予定通りに終わると思う」
「かしこまりました」という返事は最後まで届いたのかわからないタイミングで、慌ただしく副社長は執務室を出て行った。
受け取った瓶の中には、ピンク、黄色、水色……と淡い色合いのゼリーみたいなお菓子が詰め込まれていた。なんてことない蛍光灯の光を受けてキラキラと輝いている。休憩するときに食べよう、と思いながらデスクの特等席に飾った。
一時間ほど事務作業をこなし、お渡しする手土産と先方に頼まれていた資料を手に、エントランスまで降りてゆく。副社長から特に連絡はない。ということは商談は上手くいって、時間通りに進んでいるのだろう。
エントランスのエレベーターホールの隅で待っていると、「今降りられたよ」と副社長から社用携帯にメッセージが入る。それから間もなく、終了時刻ちょうどにエレベーターが上の階から到着して、本日のお客様であったA商事の営業部長と、我が社の担当者が降りてきた。メッセージが届いたことで予想していたけれど、副社長は対応した部屋で見送ったらしく、一緒にはいなかった。
素早く近寄って先方に来訪のお礼を述べ、手土産の紙袋と資料を渡した。
担当者と一緒に正面玄関までお供し、姿が見えなくなるまでお辞儀をしてから踵を返した、その時だった。
「紗央里っ!」
聞き慣れた、恐ろしい声が耳に届いた。嫌だと思ったその瞬間、目の前に飛び出してきた影に両腕を掴まれる。
ひっと声が漏れた。全身に鳥肌が立つ。よれよれのスーツを着た誠治が、わたしの体を押さえつけるように拘束していた。叫びたいのに、咄嗟に声が出ない。
一緒にいた担当者は突然現れた誠治に驚いてはいるものの、わたしが何も言わないからかどうしていいかわからないようだ。
「……い、や」
やっとこぼれたのは、誰にも聞き取られないような小さな声だった。正面から向き合うようにぐいっと腕を引っ張られた。