凍った花がとけるとき
 A商事との面会を終え、執務室に戻ったところで内線が鳴る。三崎さんは戻っていないから自分で出て、先ほどまで一緒にいた担当者からの報告に背筋が凍った。

「三崎さんが、突然現れた男に襲われそうになった」

 それは俺に冷静さを失わせるのに十分だった。玄関前、それも他の社員と一緒だから問題ないだろうと判断した自分を殴りたい。
 彼女だけは、誰にも傷つけさせないと、何に変えても守ると誓っていたのに。
 執務室のある高層フロアは、直通がこない限り途中でエレベーターを乗り継がなければならない。
 なかなかこないエレベーターを待つのを諦めて、非常階段で五階まで降りた。そこにはちょうど来たばかりのエレベーターが止まっていたので慌てて乗り込む。ボタンを連打する指に力がこもった。たった五階分をもどかしく感じながら、ようやく一階に辿り着くと、エレベーターを飛び出した。

 そこに、帆足に支えられて立っている三崎さんがいた。
 無事でよかった、という思いと、なんで帆足がという思いが同時に去来して、咄嗟に三崎さんの肩を引き寄せていた。

「三崎さん……大丈夫?」

 微かに頷いく彼女に心底ほっとして深く息を吐く。

「ごめんね。ついていけばよかった」

 そのまま手を離さずに言うと、三崎さんはやんわり距離を取ろうとする。帆足の視線を感じながら、再び三崎さんへの距離を詰めた。

「報告聞いて驚いた。帆足くんも、ありがとう」
「あ、はい……」

 大人気なくお礼を言うと、帆足から戸惑った返事が戻ってくる。
 でも、申し訳ないけれど、彼女を守るのは俺の役目で、それを譲るつもりはない。そんな気持ちを込めて、そっと三崎さんの背中に手を添え、エレベーターに乗り込んだ。

 執務室に戻ると同時に、警備室に電話して見回りの強化を指示する。浜田誠治の特徴も伝え、共有するように頼んだ。警察にも連絡しておくべきか、と考えながら、何よりもまず今晩の予定を空けなければ、と思い直す。
 早速連絡をしようとすると、何かを察したのか、三崎さんが飛んできた。

「……心配だから、日を改めるだけだよ」
「大丈夫です。渡辺さんにいつものように送ってもらいますから……」
「でも」
「それに、今日の今日でまた来ることはないと思うんです。だから逆に明日のほうが……」

 そう言われてしまえば、確かに、とも思う。けれど明日は元から夜の予定はないはず。彼女は咄嗟にそれを計算して言ったのだろう。優秀なのはありがたいけれど、もっと自分を大事にしてほしい。
 じっとこちらを見上げる瞳と向き合って、息を吐く。

「……わかった。じゃあ定時になったらすぐ送らせるからオレはその後で……」
「あ、大丈夫です。わたし社内でちょっと用事があるので、先に副社長が向かってください。そのあと渡辺さんとこちらで連絡取り合いますから」
「そうなの? そんなに仕事たまってた?」
「あ、違います。仕事じゃなくて。ちょっと帆足くんと、」
「……は?」

 突然出てきた帆足の名前に、取り繕っていたものが剥がれてしまった。

「あ、いやさっきのこと、ちゃんと説明すると約束してまして。助けてもらったので… …」

 確かに、帆足は何もわからずただ三崎さんを守ったのだ。説明しておいた方が良いに決まっている。けれど、きっと帆足の目的はそれだけじゃない……。
 じっと考えたけれど、彼女を守るために協力者は多い方がいい。
 だから、ひとつだけ約束してもらうことにした。

「……わかった。急いで帰るから、ちゃんと家で待っててね」
「……? はい、もちろん、さすがに会食帰りの副社長より遅くなることはないと思いますし」

 それは、帆足が送り狼――もしくは二人が恋人にならなければの話だろう。
 でも、浜田誠治に深く傷つけられた彼女は、俺でも帆足でも、簡単に心を開かないだろうと思った。
 こんな時でも、打算が働いてしまう自分が嫌になる。

「約束だよ。絶対」
「はい、わかりました」

 もし何かあっても、この約束を思い出してほしい。そう思いながら、「くれぐれも気をつけて」と念を押した。
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