凍った花がとけるとき
「あの、ちょっといいですか」

 ひと息吐いたのを見計らって言うと、副社長は「ん?」と首を傾げながらソファに座ってくれた。隣に並ぶ勇気は出なくて、目の前のラグに座りこむ。
 知らぬ間に指先がだいぶ冷たくなっている。自分を鼓舞するようにぎゅっと手を握った。

「あの、今更って思われるかもしれないんですけど……副社長が、好きです」
「………………え……?」

 十分過ぎる間ののちに、副社長がきょとんと首を傾げた。
 感情の見えないその返事に、胸が締め付けられて、心臓がどくどくと音を立てている。

「あの、さんざん勝手なこと言ってたのに何でって感じだと思うんですけど、でも、いろいろ考えて、思い返して、やっぱり、」
「うれしい」

 ソファから降りてラグの上に膝をついた副社長が、ぐっと腕を伸ばしてきた。ゆるく抱きしめられる。

「あの副社長」
「今更、とか全然ない。俺は今も……いや、前より三崎さんのことどんどん好きになってるから。そう言ってもらえて、本当に、嬉しい」

『絶対に好きにならない』と言って、あんなに勝手な行動を取っていたわたしにそう言ってくれるなんて、副社長はなんて優しいひとなんだろうか。

「ていうか、そんな簡単に好きじゃなくなるような気持ちじゃなかったからね? それが伝わってなかったのは悲しいけど」
「う、すみません……。わたし、自分が好かれる自信がなくて」
「うそ、知ってる。でも自信を持ってほしい。少なくとも俺は、三崎さんのことほんとうに好き」

 そう言って、副社長の指が頬に伸びてきた。かすかに動いたその手が拭ってくれて、自分が涙を零していたことを知った。

「ありがとうございます……」

 安堵のためなのか、あとからあとから溢れてくる涙を、副社長は丁寧に拭ってくれる。でも途中で諦めたのか、先ほどよりぎゅっと強く抱きしめられた。

「でもまだ不安もあるでしょ。これから全部聞かせて。今じゃなくてもいいから、不安が出てきたら、そのときに」
「はい……。もう今、ひとつあります」
「え!? もう? なに?」

 少し焦った副社長に、素直に言う。

「わたし、これからも秘書続けられるのかなあって。副社長の秘書、変わらないとだめかなあとか」

 そう伝えると、副社長は目尻を下げて息を吐いた。

「なんだ、びっくりした。もちろん続けてほしい。ていうか俺、三崎さんいないと仕事にならないんだけど。知ってるでしょ」

 もちろん公私混同はしないようにしないとね、と言って副社長はぺろりと涙を舐めた。

「……っ!」

 息を呑むと、「その分、二人のときに仲良くするから大丈夫」と微笑まれてしまう。

 こんなに優しくされたら、わたしの方が心配だ。

 それから副社長はしばらく離してくれなかった。お互いに帰ってから着の身着のままということもあって、まずお風呂に入って着替えようと重い腰をあげたところで、くいっと腕を引かれた。

「お風呂でたら、待ってるから」

 そう言う副社長の瞳は艶っぽくて、どきりと胸が高鳴る。
 待っている、というのは、つまり……。

「あ、でもゆっくりでいいからね」とにっこり笑う副社長からは余裕すら感じられる。私はバカみたいに顔が熱くなっているというのに。
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