凍った花がとけるとき
 待っていると言われてゆっくりできるわけもないけれど、それでもいつもより丁寧に体を洗ってボディクリームを塗りこんで、一番お気に入りのルームウェアを着た。
 いつもだったら、お風呂に入ってから副社長と接することはない。
 緊張しながらリビングに行くと、部屋着に着替えた副社長がソファに座っていた。髪が少しだけ濡れている。

「ちゃんと乾かしたほうがいいですよ」

 そう言うと、「面倒になっちゃって。それになんか……落ち着かなくて」と返されてわたしはますます緊張してしまう。
 立ち上がった副社長が近づいてきて、ちゅっと額に唇が当てられた。ぶわっと顔に熱がのぼる。ただでさえお風呂上がりで火照っているのに。

「おいで。一緒に寝よう」

 と言われて、優しく手を引かれた。そのまま入ったことのない副社長の寝室に誘われる。


 淡いルームライトが室内を照らしている。この家の部屋のなかでは、決して広くないほうだ。大きな、グレーのマットレスと黒い毛布がセットされたシックなベッドと、サイドテーブル。あとは閉じられたクローゼットのみ。
 温かい光を放っているのは、ベッド横のライトだった。
 優しく引っ張られて、二人で並んでベッドの上に腰掛ける。ふわっとした柔らかな感触に、びくりと体が震えた。
 こつんと額をぶつけるように顔が近づいた。思わず俯くと、副社長はやんわりと髪を撫でてくれる。最初は頭のてっぺんを撫でて、それがゆっくり横に滑っていき、最後に髪を耳にかけられた。

「どうして、好きになってくれたの?」

 そう問いかけられて、考える。

「ずっと前から……好きですよ、副社長のこと。でも恋愛はもうこりごりって思ってたから、それは尊敬とか、信頼だって思ってて。だけど手を繋いで嬉しいとか、副社長がいつも助けにきてくれて安心するとか、そういう気持ちって、本当に恋愛じゃないのかなって、ずっと考えていたんです。でも恋愛じゃないって思うことにしてたんですけど……でも、帆足くんが」
「え?」

 副社長が短く声を上げた。

「え?」
「あーううん。びっくりした。ここで帆足っていうか他の男の名前が出てくると思わなかったから」

 そう言って苦笑いを浮かべる。

「どうして人としては信用してるのに、恋愛の部分だけ信用できないのって聞かれて。それってわたしが、ただ不安なだけなんだなって。それでごまかしてたんだなって気づいたんです」

 副社長は再び頭を撫でてくれた。

「それは仕方ないよ。だってそれだけ三崎さんは傷ついたんだから。なかなかまた信じることはできないと思う」

 慌てて首を振った。副社長のことまで信じていないと思われたくなかった。

「でも俺は、信じてもらうまでずーっと言い続けるし、ずーっと好きでい続ける気だからね。だからもし、三崎さんが言ってたことと話が違うって思ったら、俺に怒っていいんだよ」
「え……?」
「好きじゃなくなるなんて、そんなことは起きないけど。でも気持ちが変わったとかそういうこと以外でも、納得いかないことがあったら怒っていい。だってそうやって言い合わないと、いつまで経っても三崎さんは自分の気持ちを我慢しちゃうでしょ。それじゃ困る。ずっと一緒にいるつもりだからさ、そんなに気を遣ってほしくないから」

 副社長の言葉がすとんと耳に入ってくる。
 言っていることが本当なのか、それは先になってみないとわからない。けれどもし万が一そんな時が来ても、その時は思いっきり怒って、話が違うって言って、社長の家に乗り込んでいこう、とそうすればいいんだと思ったらふっと肩の力が抜けた。


「好きだよ」

 安心していると、ふいに副社長が言った。
 改めて言われて、ぼっと顔が熱くなる。ゆっくりと副社長の顔が近づいてきて目を閉じたと同時に唇が重なった。
 ああ、嬉しいと思った。
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