凍った花がとけるとき

後日談①ある日の二人

「ねえ、相談があるんだけど」

 プロポーズを受けてすぐの休日の朝、テーブルを挟んで向かい合った海斗さんがかしこまって言うので、思わずわたしも背筋を伸ばして、「はい」と返事をした。
 一瞬の間。少しだけ、嫌な予感が過ぎる。

「結婚したら、引っ越したい?」
「……はい?」

 思わず、声が出た。いきなり何を言い出すのだろうという気持ちと、確かにこれからどうするか、まだ全然話していなかったなという納得感と。
 でも一番は、別れ話じゃなくてほっとして。

「もっとファミリー向けのマンションを買うか、家を建てるっていう選択肢もあるし……」
「ちょ、ちょっと待ってください! わたし、全然不自由感じてないんですけど、引っ越す必要あります?」

 慌てて口を挟むと、今度は海斗さんがきょとんとした顔をしている。

「ううん。紗央里の意見を教えて欲しかっただけ。ここは俺が選んだ物件で、紗央里の希望は聞いてないから」
「希望を聞いていただけるのは嬉しいですけど。わたしは全然ここで問題ないです!」
「そう……? まあ改めて考えればいいか。部屋がもう少し必要になるかもしれないし」

 そう言って海斗さんはにっこりと、けれどどこか含みのある笑みを浮かべる。
 それはつまり……。と考え始めそうになって、とりあえず今はやめておく。
 明日は真瀬のお家にご挨拶、来週はわたしの実家へ行く。それから、結婚までの諸々を考えると、とても先のことは考えてはいられない。

「じゃあしばらくここに住む、でいいのかな」

 そう確認されこくりと頷く。すると間髪入れずに、海斗さんは笑みを深めた。

「じゃ、紗央里の荷物を持ってきて、アパートは解約しよう」
「え……?」
「だって来週紗央里の実家に伺ったら、すぐに婚姻届出すでしょ。だから明日にでも」
「明日はご実家に行くじゃないですか」
「行くけど……いいよ、報告だけしてさっさと帰れば」
「いや、さすがにそんなわけには……」

 わたしにとっては海斗さんのご両親であると同時に、お父様は会社の社長でもあるのだ。結婚します、では! と立ち去るわけにはいかない。

「大丈夫だよ。父親には紗央里のことは言ってあるし……」
「え、そうなんですか!?」

 思わず声が大きくなってしまった。海斗さんは「しまった」と言って口を押さえている。ちょっと気になりすぎる反応だ。

「え、何か不安なんですけど……」
「大丈夫。俺が長いこと片想いしてる人がいるって言ったときに、誰だって聞かれたから秘書の三崎さんって答えただけ」

 海斗さんはこほんと咳払いをして、

「だから、紗央里のことも調べてると思う。こう言ったら悪いけど……あっちから何も言ってこないってことは、何の問題もないってことだよ」

 海斗さんはそう言うけれど、わたしとしては、そんな前からご両親が海斗さんの気持ちをご存知だったことの方が衝撃だった。それって、自分の息子を振り続けていた女てことにならないだろうか。
 黙りこくっていると、「詳しいことは言ってないから大丈夫」と海斗さんは言ってくれたけれど……。
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