凍った花がとけるとき

2.早く認めて

「わたしは、絶対に副社長のことを好きにはなりません……!!」

 彼女が叫ぶように口にした言葉が、呪いのように耳の奥にこびりついて離れない。

 咄嗟に告白してしまったのは、確かに予定外だった。
 でも食堂で同期に向かってはにかんだように笑う様子を見て、平静ではいられなかった。こっちは二年も想い続けているんだ。しかもそれを隠して隠して、彼女に信頼してもらうように努め、少しずつ距離を縮めてきた。
 それなのに。

 それもこれも、全て父親が持ってきた見合い話が原因だ。
 これまで上手いこと断ってきたが、三十五になったら本格的に結婚させようと思っていたらしい。今まで持ってこられた縁談をあっさりかわすことができていたのは、まだ両親が本気になっていなかっただけなのだ、ということに気付かされた。

 突然の実家への呼び出しに嫌な予感がしたものの、その時点で相手のみならず日取りまでも決まっているとは思わなかった。日にちは直近で、しかも仕事柄断りにくい相手ときた。

 だから、覚悟を決めた。
 お見合いはしない。なぜなら結婚したい相手がいるからだ、と両親に正直に伝えたのだ。そう告げてしまえば「誰だ連れてこい」と言われるのは明白だったから、今まで黙ってきた。
 だって、まだその相手とは付き合っていないし、告白すらしていない。
 彼女が、自分に特別な好意を抱いてくれている自信もない。
 でももう、彼女以外は考えられない。

 正直にそういえば、両親は理解してくれた。

 もともと高校の同級生同士で結婚した両親だ。別に大富豪の娘が相手でなくとも構わないということはわかっていた。
 それでもこれまで黙っていたのは、言えば「さっさと告白しろ」とか「ぐずぐずしているなんて頼り甲斐がないと思われる」とか、うるさく突っ込まれることがわかっていたからだ。
 特に父は学生時代、学校のマドンナ的存在だった母親に告白し、そのまま結婚し、一生を添い遂げようとしていることが誇りらしく、ことごとく自慢をしてくるので厄介だった。ちなみに父にとって母は一目惚れかつ初恋相手だが、母は中学時代、別の先輩とつきあっていたことがあるらしい。これは父の知らない事実だ。以前、母がこれは墓までもっていくつもり、とぺろりと舌を出して教えてくれた。もしバレたら父の情緒が心配だから、ぜひそうしてほしい。

 そうして両親の了解を得たものの、さすがに日にちが迫っていたので、相手の方と会うだけは会うということになってしまった。断って良いなら会わなくて済む根回しもしてくれよと思ったが、「断るなら自分で落とし前をつけろ」と言われてしまった。
 確かに、「誠意を見せないと会社の将来に関わる」と言われてしまえば仕方がない。

 待ち合わせのホテルで出会った先方の女性は、すらりとした美人だった。歳は二つ下で、神田彩乃さんというそうだ。
 桃色の和服が似合っている。姿勢が良いから、ヒールの靴を履いているわけでもないのに、いっそう背が高く見えた。
 形ばかりの挨拶を済ませ、後日断ることになるというお詫びを伝えるために二人で庭へ出た。

「こちらの都合で申し訳ありません」と伝えれば、彩乃さんはころころと鈴を鳴らすような音で笑った。
「いえ、気になさらないでください。私の方でもお断りしなければと思っていたんです」
「……そうだったんですか?」

 予想外の言葉に、思わず彼女をみつめる。

「はい。実は、好きなひとがいて」

 そういって目を伏せる彼女をとても人ごととは思えず、咄嗟に自分もです、と伝えていた。

「そうなんですか、お相手の方とは上手くいきそうですか?」
「それは……」

 思わず口籠もると、彩乃さんは顔を曇らせた。

「ごめんなさい、出過ぎたことを聞いてしまって。私は……相手が競合会社の血筋なので、まわりの反対がひどくて。でも私も彼も、諦めないつもりです」

 真っ直ぐに庭を見つめて、そうきっぱり言い切った。
 相手は海外に赴任していて、戻ってくるまであと一年はかかるらしい。その間になんとか縁談をまとめてしまおうという両親のやり方に辟易しているそうだ。
 そう聞くと、(しがらみ)のない自分は、恵まれていると感じる。

「頑張りましょうね、想いを遂げるために」
「はい、お互いに」

 そう言い合って、形ばかりのお見合いは終わった。

< 8 / 62 >

この作品をシェア

pagetop