凍った花がとけるとき
 彩乃さんの強い意志にも後押しされ、一刻も早く想いを伝えるんだ、と決意を秘め。
 そして何より、早く会いたい、と待ち焦がれた休み明けの月曜日。

 三崎さんの様子が、どこかおかしい。
 仕事は今まで通り正確だし、文句のつけようもない。けれどどこか、余所余所しい。
 コーヒーを淹れてくれたときも、今までだったらデスクに置いたあとしばらく、くだらない雑談に付き合ってくれたのに、まるで逃げるように立ち去ってしまう。
 なにより、いつも開け放たれていた彼女のスペースのパーテーションが閉じられている。
 この二年間、こんなことは初めてだった。
 そして極め付けは昼休み。今までは二人とも社内にいる日は、必ず昼食をどうするか尋ねてくれていたのに、「ちょっと出てきますね」と行って執務室を後にしてしまった。
 そしてそれが、今週に入ってずっと続いている。
 パーテーションが開け放たれることはないし、昼休みは必ず出て行く。
 避けられている、と嫌でもわかった。
 まさか自分の好意に気づかれた? と不安がよぎったけれど、今までだってさんざん彼女を特別扱いしてきたのに、悲しいかな全然相手にされていなかったのだ。突然避けられる理由としては、腑に落ちなかった。
 
「三崎さんどこに行っているか知らない?」

 我慢ができなくなって、こっそりと呼びつけた北條に聞いた。彼は父に気に入られていて、お見合いの話も一部始終実家で聞いていたから、俺が三崎さん
のことを好きなことは知っている。というより、ずいぶん前から気づかれていたようだ。

「昼休みは社食に行っているようですよ」
「ふーん、そうなんだ」
「気をつけてくださいね。あんまりしつこいと嫌われますから」
「え。俺、別にしつこくしてないよね!?」
「どうでしょうか。あれだけ連れ回したら嫌がられても仕方ないかと」

 嫌がられていたのか、と絶句していると、

「というのは冗談ですが。仕事はきちんとこなしているのですから、むやみに怒ったりしないように」

 父からお目付け役も頼まれている北條は、諭すように言ってくるから余計に苛立ちが募る。
 執務室を出ようとすると呼び止められ、大人しくしているように言われてしまった。

「おかしくない、俺上司だよね?」
「副社長のためを思ってです。振られるところは見たくありませんので」

 散々な言われようだが、訳もわからず北條を問い詰めたところで何も解決しないだろうことは想像できた。
 何より、振られる、なんてまっぴらだ。
 今更彼女を諦められるわけがない。

 一週間我慢して、事細かに三崎さんのことを観察していたけれど、結局彼女の様子は変わらなかった。
 相変わらず仕事は完璧。ただ、昼休みに入るなり彼女は資料を提出して、そのまま執務室を出ていってしまう。

 ちょっと様子をみるだけ、と言い聞かせて社員食堂に足を運ぶ。
 そこで――信じられない光景を見て、頭を鈍器で殴られたような衝撃を感じた。
 窓際のカウンター席に、三崎さんは座っていた。でも、ひとりじゃなかった。隣に座る男に笑顔を向けている。それは、見たこともないような自然な笑顔だった。
 隣にいるのは、営業部の帆足拓実だ。二十代後半ながら営業部でトップの成績を誇る。ああこの二人は同い年だったか、と思い至る。
 帆足はたまに、営業企画会議に議題を持ってくることがあるが、どれも的確な内容で、非の打ち所がなかった。社のエースであることは間違いない。
 自分から見ても、明らかにデキる社員。
 そんな帆足拓実と三崎さんのまわりは、どこか甘い空気が漂っているように感じた。
 
 ――止めなければ。

 衝動が突き上がってきて、思わず足を踏み出していた。
 慌てる三崎さんに資料が見当たらないなんて嘘を言って、彼女を無理やり執務室に連れ戻した。
 まさか嘘だとは思っていなかったんだろう。三崎さんの目が大きく見開かれる。呆然とする彼女の手首を掴んだ。

 もう絶対、離さない。

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