魔女と人間 〜共にある最期を迎える旅〜
『子々孫々の尻拭いや老後の世話なんかまで私にお願いしないと約束できる?』
『え?』
『私の外見が変わらないこと、気づいているでしょう』
『あ……もしかして妖精の一種かもしれないとは。え、子供、つくれるの?』
『つくれると思わずに告白とプロポーズをしたわけ?』

 そして、私は彼にこう告げた。

『面倒事を背負いたくないの。魔法でもって家族の尻拭いはしないわよ。それに……あなたが歳をとった時、私は姿を消すわ』

 母の言葉が頭から離れなかった。私を利用するだけの男に変わる彼も見たくなかった。

『若いなんて理由で一緒にいられるのも嫌よ。見た目も偽るわ。あなたと同様に歳をとっているように見せかける』

 本当は一緒に歳をとりたかった。
 
『マリアを利用なんてしない、誓うよ。側にいたいんだ。いいよ、どれだけでも偽って好きな時にいなくなってくれていい。僕はあなたを縛らない。自由なマリアが好きなんだ』

 子供が産まれた。初めての経験で大変なことがたくさんあった。一緒に学んで、一緒に悩んで、一緒に笑って、たくさんの思いを分かちああった。

 まだ側にいたい。
 もう少し、あとちょっと。

 私に彼を置いていくなんてこと、できるの――?

 私は自分の中の葛藤しか見えていなかった。だから、彼が私の前からいなくなるなんて考えもしなかった。

 彼の元へと近づく。こんなに、地に足がついていない感覚は初めてかもしれない。怖くて怖くて足が震えて、底なし沼に落ちてしまいそうで――。

 苦しくて息もできなくなりそうで、どうして助けてくれないのよと、つい私はジャリと足音を立てた。

 彼が顔を上げる。

 ジャリッとまた足音を立てる。

「お散歩かな、お嬢さん」

 相好を崩して、目尻にたくさん皺をつくって、誰の姿も見えないだろう空間に彼が微笑んだ。

 なんでよ。
 どうして私と離れていたのに、そんな顔ができるのよ! 寂しくて苦しんでくれていたらよかったのに。

「僕はね、家族に手紙だけ残してここに来たんだ」

 そうよね。
 私とあなたしかいない家に、家族に読ませるための手紙を残してあなたは消えた。

「ぶらりと旅をしたくなったから探さないでくれってね。妻にも書いたんだ。我儘な僕ですまないと。これは、僕の我儘なんだ」

 彼が立ち上がって歩くから、私も後ろをついていく。

 ――この場所は知っている。

 昔、私が立ち寄った田舎町。夜になるとくねくねと踊るように腰を振るキノコが裏手の森に生えていて面白かったと彼に話したことがある。

 私は、彼に話した数々の場所を探し歩いてここに来た。それしか手がかりはなかったから。
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