魔女と人間 〜共にある最期を迎える旅〜
 森の入口。
 土の匂いは濃くなり、湿った草の合間からくねくねとカーブする長い柄が特徴の橙色のキノコが私たちを出迎える。

「僕は見たい景色を見て、妻はもう一度新しい人生を歩む。強引に結婚してもらったから、そろそろいいかなって」

 よくない……よくないわよ!

 魔法を解いて、泣きながら彼に抱きついた。

「おっ……と。はは、やっぱり君か、マリア。追いかけてくれたんだね。ありがとう」
「なんで行っちゃったのよ!」

 置いていくなんて言った私が責める権利なんてない。分かっている。

「君は無理をしていた。老いたふりまでずっとしていた。もう子供たちも巣立った。無理をする君とさせる僕。そんなのは――」
「してないわよ!」

 一緒に老いたかったの。

「久しぶりに見たな。何十年ぶりだろう。美しいな……過去の僕から君を奪っている気分だ。君はまだ若い。次の人生を考える時で――」
「次の人生なんていらない――! ごめんなさい。私は酷い言葉をあなたに……。置いていかれることがこんなに辛いなんて思わなかったの。ごめんなさい……っ、お願い、側にいて。あなたの最期を私に看取らせて」
 
 彼の口から漏れる息が震えている。ポトリと私の顔に涙が落ちた。

「君はこんなにまで、まだ若いじゃないか」
「仲間外れにしないで! 一緒に歳をとって穏やかに笑う私が好きだったのよね! こっちの私なんて――」
「僕は君に辛い思いをさせていたのか、夫失格だな」

 私が何も言わなかったから――、だから。

「一緒に旅をしようか」
「――!」
「変な魔道具も売りながらさ。僕も日銭くらいはまだ稼げるんだよ。もう人脈はないけどね」

 誰かから見たら、私は娘か孫で。
 実際は彼よりも数倍私の方が歳上で。

「ええ。あなたの手紙には『二人で』の文字を足しておいたわ。一緒に旅に出るとね」

 主語は書かれていなかった。私が一人でいなくなっても子供たちには二人で旅に出たと思わせられるし、私が残りたくてあの手紙を子供たちに渡せば彼だけがいなくなったことにできる、やさしい手紙。

 次は、私たち二人とも知らない街へ行きましょうか。でも、その前に――。

「それと、隠していた私の本業を教えるわ。まずは王都にゴーよ! 私の行方を探しているようだし、一緒に謝ってもらうわね」
「ええ!?」

 面倒事を押し付けられるのも幸せだとやっと知れた。だから私も押し付ける。

「この国の平和は実は私も守っていたのよ!」
「ははっ。よく分からないけど、君は歳をとるほどに元気になるな」

 やっと、夫婦になれた気がする。
 私たちはもう一度始めるのよ。
 
 王都に行って、次はどこへ向かおうか。

 ――魔女と人間の短い旅はこれから始まる。


〈完〉
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