恋人同盟〜モテる二人のこじらせ恋愛事情〜【書籍化】
「雪村さーん、入りますよー。って、うわ!真っ暗」

環奈の声がして、めぐはゆっくり顔を上げる。

「どうしたんですか?電気もつけないで。ええっ?ちょっと、雪村さん?泣いてました?」
「え、どうだろう。分かんない」
「何言ってるんですか、号泣したでしょ?目が腫れ上がって美人が台無しですよ?それにすごい鼻声」
「そうかな?ところで環奈ちゃん、今何時?」
「夜の7時半です。仕事終わったので様子見に来ました。ばったり長谷部さんに会ったので、ついでに夕食も預かってきましたよ。ほら、食べてくださいね」

環奈はめぐの前のテーブルにトレイを置いた。

「今夜はビーフシチューですって。赤ワインを入れて煮込んだホテルの看板メニューだそうですよ。熱いうちに召し上がれ」
「ありがとう。でも、あんまり食欲なくて」
「だめです。心はいらないって思ってても、身体は食べたーいって思ってますよ?きっと」
「そうかな?」
「そうです。ひと口だけでも食べてみてください」

スプーンを手渡され、めぐはゆっくりとシチューを口に運ぶ。

「うん、美味しい」
「でしょ?じゃあどうぞ、たんと召し上がれ」
「はい、いただきます」

ぱくぱくと食べ始めためぐに満足気に頷いて、環奈はポットのお湯で紅茶を淹れる。
ぺろりとシチューを平らげためぐに紅茶を出すと、環奈は向かい側に座って話しかけた。

「ね、雪村さん。昨日私、言ったでしょ?これからは何でも話してほしいですって。雪村さんの力になりたいのでって」
「うん」
「そしたら雪村さん、色々相談させてねって言ってくれたじゃないですか」
「うん」
「だから、話してください。何があったんですか?」

めぐは紅茶のカップに目を落とし、しばらく考えてから顔を上げた。

「環奈ちゃん、あのね。今朝氷室くんがここに来て言われたの。恋人同士のフリを解消したのは、そのままだと私が恋愛出来ないと思ったからだって。でも離れてみて、私への気持ちに気づいたって」
「え……、それってまさか、告白されたってことですか?」

めぐはうつむいてコクリと頷く。
環奈は仰け反って声を上げた。

「ええー!?今さら?もう氷室さんたら、なんでそんなにこじらせちゃったんですか。あんなにお二人ともいい雰囲気だったんですから、フリなんかやめてほんとにつき合おう!で良かったのに。離れてみて気づくなんて、もう……、こじらせ過ぎです!」

勢いに任せてそう言うと、環奈はため息をつく。

「って、雪村さんに言っても仕方ないですよね。でもこんなに雪村さんを戸惑わせるなんて、氷室さんたらもう……。それにタイミングも悪すぎます。私、長谷部さんの様子が気になってて。きっと長谷部さん、雪村さんのこと好きなんじゃないかなって」

めぐが黙ってうつむいたままでいると、環奈は、えっ!とまたしても驚きの声を上げた。

「もしかして!雪村さん、既に長谷部さんに告白されました?」
「いや、えっと。告白の、予告?みたいな」
「なんですか?それ」
「長谷部さんも、私と氷室くんがつき合ってて最近別れたと思い込んでて……。そのあと言われたの。少しずつ氷室くんから心が離れたら、自分のことを思い出してくださいって。ずっと、いつまででも待ちますって」
「うっわー、優しい!私ならコロッと行っちゃう」

うん、優しいよね、とめぐは小さく呟く。
環奈はまたため息をついた。

「雪村さん。今はもう、なんだかコジコジにこじれちゃってますけど、これだけは言わせてください。たくさん悩んで時間をかけて迷ってもいいです。だけどいつか、この人が好きって思えたら、その時は素直に真っ直ぐにそう相手に伝えてくださいね」

めぐは顔を上げて環奈をじっと見つめる。

「素直に、真っ直ぐに……?」
「そうです。そしていつもの明るい雪村さんに戻ってくださいね。長谷部さんじゃないけど、私もずっと待ってますから」
「うん、ありがとう環奈ちゃん。私、環奈ちゃんが一番好き」
「いやいや、嬉しいけどそれも違いますって」
「だって素直に伝えてって言われたから。私、今は本当に環奈ちゃんが好きなの」
「やややめてください。キュンキュンしちゃうじゃないですか」

環奈は視線をそらし、「あー、ハンパない。美女に上目遣いで『好きなの』言われたら、もう」と胸に手を当てて必死に気持ちを落ち着かせる。

「雪村さん、いつか自分の本当の気持ちに気づいたら、きっと幸せになれますよ。だからそんなに悲しまないで。ね?」
「……うん、分かった。ありがとう、環奈ちゃん」

ようやく笑顔を見せるめぐに、環奈も笑って頷いた。
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