本の王子と囚われのページ
 高校一年生。その入学式で、やはり楓は目立った。
 式典のために体育館に入るや否や会場中がざわめきだした。一人一人の声など聞かなくても、ざわめきが始まったのが楓の入場と同時だったことで勘づいた。
「あの子……すごい……かっこいい……」
 あぁ、また一人沼にはまった。
 女子の歓声は二種類あると私は思う。一つはアイドルや芸能人などの有名人に会った時にあげられる、悲鳴ともとれる歓喜。もう一つは声にならない心が叫ぶ歓喜。
 楓の場合、大抵心から相手を魅了させてしまう。罪な男だと何度思ったことか。
 私は彼の二つ後ろの番号だ。中学でも似たような位置関係だったので、うれしくも悲しくもない。普通。それが当たり前のように自然と受け入れた。
 式典が終われば、しばらくの自由時間。校内を探検してもいいし、おしゃべりを楽しんでもいい。正直この時間があるのなら早く家に帰って漫画を読みたい。
「ねぇねぇ、瑠衣、校内探検しよー」
 この男は私の気も知らないで平気で話しかけてくる。
 あぁ、ほら、楓の背後から今まさに包丁でも飛んできそうな雰囲気が漂ってる。睨みをきかせた女子高生がどれだけ恐ろしい存在に変貌するのか、わかっているのだろうか?
「まずは、屋上行ってみようよ」
 そういって、楓は私の腕をつかんで教室を後にする。
 屋上に到着すると、深呼吸をして唐突に小指を突き出してきた。
「はい、瑠衣も小指出して」
 私はわけもわからないまま小指を出し、
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます、指きった」
 どうして高校生にもなってこういう約束の仕方をしてくるのだろう。まず、何を約束したのだろうか。
「瑠衣、屋上って綺麗だね。街が見える」
 確かに屋上からの景色は綺麗だった。街を一望できるほど高い場所に建てられた、この校舎ならではの景色だろう。
 遠くには山々が連なりて前には整然とした街並みが広がる。午後の日差しが町全体を優しく包み込み、桜の花が彩を添えている。
 楓は何か考え事をしているのだろか、その横顔は普段の楓らしさに影がかかっている。
「ん? どうしたの?」
 私は首を横に振った。
「約束、守ってね」
 突然の言葉に私は困惑した。約束って何のことだろう。
 楓の目には光がないことに私は気が付かなかった。深く深く広がる底なしの闇をはらんだその瞳を私は見逃していた。
 もしそれをこの時に見ていたら、少しは楓の異常な行動に気づけたのだろうか。
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