秘密のカーテンコール〜人気舞台俳優の溺愛〜
6.ハプニングだらけのエチュード
柊木さんは、幸いにも軽い肉離れだった。
もともと設定されていた休演日を挟み、テーピングでがちがちに固め、動きを少し簡単なものに変更して舞台に立ち続けている。
――そして、私は。
野菜をたっぷり取れるようにトマトとほうれん草といった緑黄色野菜をこれでもかと散らしたサラダ。おまけにスライスした人参も散らすように盛り付けた。焼いてあったポークソテーにソースを絡め、大きな鍋に作り置いた野菜スープを温め直す。
家よりさらに大きなキッチンは慣れないけれど、使い勝手はさすがに良い。ほとんど何もなかった調理道具も調味料もあらかた揃えたから、どんどん快適になるはずだ。
もっとも、いつまで私がここに立つかわからないけれど。
小さくため息を吐いた瞬間、鍵を開ける音が響いて、慌てて玄関に向かった。
「おかえりなさい」
「ただいま」
佐々木さんに支えられながら、にっこり笑った柊木さんから荷物を受け取る。
「お風呂入りますか? ご飯食べます?」
「楽屋でシャワーしたからご飯にする」
「じゃあちゃんと手洗ってくださいね。あ、佐々木さんも」
柊木さんが洗面所に向かったのを確認して声を掛けると、佐々木さんは首を竦めた。
「私はこれで。長居すると悠真が不貞腐れるので」
苦笑いした佐々木さんはドアに手を掛けて、
「ちゃんとタクシーで帰ってくださいね。終電前だからって電車で帰らないように」
念を押されてぎくりとしている間に、扉は閉められた。
「柚さん、どうしたの?」
洗面所から顔を覗かせた柊木さんが、玄関で立ち竦む私を不思議そうに見遣る。
「いえ、電車で帰ったのがバレてしまって」
「だから言ったのに。あ、領収書貰うの忘れたっていうのももう通じないからね」
どうしたものかと悩んでいたのに、柊木さんには「当然だ」というように、最初に使った言い訳までも封じられてしまった。
次なる言い訳を考えながらダイニングの椅子を引くと、そこへ柊木さんが座る。
それを確認してから、テーブルにスープとご飯を並べると、私も向かいの席についた。
「いただきます」
丁寧に手を合わせて食べ始める柊木さんの様子をこっそりと伺う。
「美味しい」
「……ありがとうございます」
お世辞かもしれないけれど、感想を聞くまでは怖くて自分の食事は始められない。叔父に聞いたレシピのメニューがほとんどだから、不味いことはないはずだけど、やはり心配なものは心配だ。
「気をつけないと太っちゃいそうだな」
「あんなにハードな舞台こなしててそれはないですよ」
「でもこの生活がずっと続いたら、危険だよ?」
思わず、サラダに伸ばした箸を止めてしまった。
「治るまでそんなにかからないですよ」
平静を装ってそう返す。柊木さんはそれには何も答えず、箸を伸ばした。
私は柊木さんが怪我をしてから、私生活をサポートするために、彼の家に出入りしている。
最初佐々木さんに提案されたときは何を言っているのかと驚いたけれど、もともと小さい事務所でマネージャーさん達だけでは手が回らない、ハウスキーパーを頼むには時間が不規則すぎて逆に手間、そしてプライバシーを考えると素人でも見知ったひとの方がいい……と色々な条件を説明されて、最終的に受け入れることにした。
あくまでアルバイトとして、とお給料を提示されたけれど、私の家事能力で金銭を貰うことに不安があり、その話はいったん保留だ。
「でも柚さん、毎日大変でしょう」
「叔父の店でバイトするのに比べたら全然。あっちは立ち仕事ですし」
「うーん」
「閉店時間も店のほうが遅いですし」
柊木さんは再びうーんと唸ると、
「でもお店は歩きで通えるけど、ここは距離あるし」
電車で帰ろうとするし、と暗に言われていることに気付いて、「でも1時間かかりませんから」と口を挟んだ。
だけど、うーんと首をひねり続ける柊木さんは、ふいににっこりと笑みを浮かべた。
久し振りに見る、ちょっと胡散臭いくらいにこやかな笑みだ。
なんとなく嫌な予感を覚えると同時に、怪我をしてからこの笑みを見るのは初めてだな、という安堵の両方に襲われる。
「だから、しばらく泊まり込むのはどう?」
「……っ!?」
何を言ってるんですか、と言ったつもりだったのに。
動揺で、ことばが出てこなかった。
「客間あるし。ここ、会社まで柚さんの家より近いよね?」
「そうですけど……」
「じゃあちょうど良くない?」
「良くないです……」
そう呟けば、柊木さんはなぜ?と首を傾げた。
――この人、本気で言ってるんだろうか。
「あ、やること増えちゃうか」
「いえ、そういうことではなくて」
好きなひとの家に泊まり込み。
絶対に無理だ。
それよりも、あまりにあっさりと提案を口にした柊木さんに、意識されていなすぎて泣けてくる。
「とにかく、この話は無しにしましょう」
「うーん」
「ちゃんとタクシーで帰りますから」
「送っていけないからなあ」
「当たり前です。何のために来てると思ってるんですか」
手伝いに来ている人が送ってもらうなんて、本末転倒だ。
「まあ、とりあえずは仕方ないか」
「はい、とにかく食べてください」
諦めてくれたことに、ほっとしているはずなのに、内心寂しさを感じている。
完全に矛盾した自分の気持ちにいっぱいいっぱいな私は、柊木さんがこっそりと何か呟いたことには気付いていなかった。
もともと設定されていた休演日を挟み、テーピングでがちがちに固め、動きを少し簡単なものに変更して舞台に立ち続けている。
――そして、私は。
野菜をたっぷり取れるようにトマトとほうれん草といった緑黄色野菜をこれでもかと散らしたサラダ。おまけにスライスした人参も散らすように盛り付けた。焼いてあったポークソテーにソースを絡め、大きな鍋に作り置いた野菜スープを温め直す。
家よりさらに大きなキッチンは慣れないけれど、使い勝手はさすがに良い。ほとんど何もなかった調理道具も調味料もあらかた揃えたから、どんどん快適になるはずだ。
もっとも、いつまで私がここに立つかわからないけれど。
小さくため息を吐いた瞬間、鍵を開ける音が響いて、慌てて玄関に向かった。
「おかえりなさい」
「ただいま」
佐々木さんに支えられながら、にっこり笑った柊木さんから荷物を受け取る。
「お風呂入りますか? ご飯食べます?」
「楽屋でシャワーしたからご飯にする」
「じゃあちゃんと手洗ってくださいね。あ、佐々木さんも」
柊木さんが洗面所に向かったのを確認して声を掛けると、佐々木さんは首を竦めた。
「私はこれで。長居すると悠真が不貞腐れるので」
苦笑いした佐々木さんはドアに手を掛けて、
「ちゃんとタクシーで帰ってくださいね。終電前だからって電車で帰らないように」
念を押されてぎくりとしている間に、扉は閉められた。
「柚さん、どうしたの?」
洗面所から顔を覗かせた柊木さんが、玄関で立ち竦む私を不思議そうに見遣る。
「いえ、電車で帰ったのがバレてしまって」
「だから言ったのに。あ、領収書貰うの忘れたっていうのももう通じないからね」
どうしたものかと悩んでいたのに、柊木さんには「当然だ」というように、最初に使った言い訳までも封じられてしまった。
次なる言い訳を考えながらダイニングの椅子を引くと、そこへ柊木さんが座る。
それを確認してから、テーブルにスープとご飯を並べると、私も向かいの席についた。
「いただきます」
丁寧に手を合わせて食べ始める柊木さんの様子をこっそりと伺う。
「美味しい」
「……ありがとうございます」
お世辞かもしれないけれど、感想を聞くまでは怖くて自分の食事は始められない。叔父に聞いたレシピのメニューがほとんどだから、不味いことはないはずだけど、やはり心配なものは心配だ。
「気をつけないと太っちゃいそうだな」
「あんなにハードな舞台こなしててそれはないですよ」
「でもこの生活がずっと続いたら、危険だよ?」
思わず、サラダに伸ばした箸を止めてしまった。
「治るまでそんなにかからないですよ」
平静を装ってそう返す。柊木さんはそれには何も答えず、箸を伸ばした。
私は柊木さんが怪我をしてから、私生活をサポートするために、彼の家に出入りしている。
最初佐々木さんに提案されたときは何を言っているのかと驚いたけれど、もともと小さい事務所でマネージャーさん達だけでは手が回らない、ハウスキーパーを頼むには時間が不規則すぎて逆に手間、そしてプライバシーを考えると素人でも見知ったひとの方がいい……と色々な条件を説明されて、最終的に受け入れることにした。
あくまでアルバイトとして、とお給料を提示されたけれど、私の家事能力で金銭を貰うことに不安があり、その話はいったん保留だ。
「でも柚さん、毎日大変でしょう」
「叔父の店でバイトするのに比べたら全然。あっちは立ち仕事ですし」
「うーん」
「閉店時間も店のほうが遅いですし」
柊木さんは再びうーんと唸ると、
「でもお店は歩きで通えるけど、ここは距離あるし」
電車で帰ろうとするし、と暗に言われていることに気付いて、「でも1時間かかりませんから」と口を挟んだ。
だけど、うーんと首をひねり続ける柊木さんは、ふいににっこりと笑みを浮かべた。
久し振りに見る、ちょっと胡散臭いくらいにこやかな笑みだ。
なんとなく嫌な予感を覚えると同時に、怪我をしてからこの笑みを見るのは初めてだな、という安堵の両方に襲われる。
「だから、しばらく泊まり込むのはどう?」
「……っ!?」
何を言ってるんですか、と言ったつもりだったのに。
動揺で、ことばが出てこなかった。
「客間あるし。ここ、会社まで柚さんの家より近いよね?」
「そうですけど……」
「じゃあちょうど良くない?」
「良くないです……」
そう呟けば、柊木さんはなぜ?と首を傾げた。
――この人、本気で言ってるんだろうか。
「あ、やること増えちゃうか」
「いえ、そういうことではなくて」
好きなひとの家に泊まり込み。
絶対に無理だ。
それよりも、あまりにあっさりと提案を口にした柊木さんに、意識されていなすぎて泣けてくる。
「とにかく、この話は無しにしましょう」
「うーん」
「ちゃんとタクシーで帰りますから」
「送っていけないからなあ」
「当たり前です。何のために来てると思ってるんですか」
手伝いに来ている人が送ってもらうなんて、本末転倒だ。
「まあ、とりあえずは仕方ないか」
「はい、とにかく食べてください」
諦めてくれたことに、ほっとしているはずなのに、内心寂しさを感じている。
完全に矛盾した自分の気持ちにいっぱいいっぱいな私は、柊木さんがこっそりと何か呟いたことには気付いていなかった。