秘密のカーテンコール〜人気舞台俳優の溺愛〜
1.これっきりの顔合わせ
「柚、これ一番に」
「はーい」
カウンターが五席に、二人がけテーブルが三つしかない、小さな小さなお店。
ここが叔父の大事なお城だ。
日中に仕事を片付けて、夜はこのお店で腕を奮い、カクテルを作る。
これが叔父の楽しみらしい。
私は奥のキッチンから出てきたオムライスを受け取ると、一番テーブルへと運ぶ。
若い男の子と綺麗な女性。うーん、どんな関係だろ。
妄想は捗るけれど、決して顔には出さない。これができるから私は叔父に雇われているのだ。
「陸くんは? いつまでいないの?」
「あー、来週の日曜かな。今最後の大詰めで、そのあと一週間本番だって」
「そっかあ」
「無理に頼んで悪いな」
「いやそれは大丈夫だけど」
陸くん、は今ここで働いているアルバイトの男の子。無口だけどすらりとした長身に綺麗な顔をしていて、一目見ただけで、あ。業界人だなってわかる。
たぶん綺麗すぎて色々嫌な思いもしてきたんだろう。最初はだいぶつっけんどんだったけれど、今ではそこそこ世間話もする。
元はいい子なのだ。だから叔父が雇っているのだろう。見る眼は確かな人だ。
だから陸くんのチャンスはなるべく助けになりたい。
とは言うものの、日中はいわゆるOLをしている私にとって、20時から0時までのバー勤務はそこそこハードだ。
しかも今日はまだ水曜日。
この店の定休日は日曜のみなので、今週はまだあと三日もあるってこと。
「落ち着いたらあがっていいから。あ、まかない何がいい?」
父の弟である叔父はもうすぐ五十歳近いはずだけれど、なぜだか妙に若々しい。
ワイルドに見せたいらしく髭を蓄えているけれど、目尻の下がって優しい顔立ちのせいか、このまま年を重ねたらカーネルサンダースみたいになるんじゃないだろうか。
「どうしようかなー。パスタかなー」
まかないとはいうものの、叔父はなんでも作ってくれる。
それを食べて帰って、お風呂に入って即行でベッドに飛び込む。
お布団にダイブするまで、あと一時間もかからないだろう。夜にそんなカロリー高いもの食べるべきじゃないってわかっているけれど、叔父の料理は家庭的な味で、なんでもするする胃に収まってしまうから、ある意味困る。
「クリーム系?トマト系?」
「トマト!」
「了解」
さすがにこの時間にクリームはまずかろうということで、そこは妥協。
炭水化物をたっぷり食べているから意味ないかもしれないけれど。
叔父は客足が落ちつくと早めに私を帰してくれることもあるから、なるべく作業の負担は減らしておきたい。
もちろん、食べる分のエネルギーも消費しておきたいし、と思って、シンクに溜まったグラスを黙々と拭いていると、来客を知らせるベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
いつものように、店内のBGMに合わせた抑えめの声をかけ、入ってきた人物を見遣り――、思わず目が釘付けになる。
切れ長の瞳にさらさらの黒髪が特長的な、背の高い男性が立っていた。
――綺麗な人。
目が合い、彼が首を傾げて。
我に返った。
「……お一人ですか?」
「はい」
「では、カウンターのお好きなお席へどうぞ」
いけないいけない。
このお店は、いらっしゃるお客様がとにかく“人目を気にせず”にお酒と空間を楽しめること、を第一としているのに、店員である私があんなに不躾な目線を向けてしまっては、叔父のモットーに反することになってしまう。
カウンターには誰も座っていなかった。
男性は一番奥の席へと進むと、もともとテーブルに置いてある小さなガラスのメニューを眺めていた。
「おお、悠真。珍しいな」
私の声を聞いて、奥から出てきた叔父が、男性に声をかける。
するとそれまでの研ぎ澄まされていたような空気ががらっと変わって、彼は微笑を浮かべた。
――やっぱり、綺麗。
「ご無沙汰しています」
「本当だよ。忙しそうだもんなあ」
「おかげさまで」
美しい彼がわずかに頭を下げ、柔らかそうなつむじが見えた。
このお店は、いわゆる一見さんはほとんど来ない。けれどコンスタントに接客をしていない私では、ご常連さんかどうか見分けがつかないことが多い。
おしぼりを差し出すと、先ほどより少し温かみを増した瞳が私を眺めた。
「ありがとう」
「姪っ子なんだよ」
「へえ。……女優さんですか?」
「はい?」
叔父の説明にさらりと返ってきた一言が予想外で、笑みも浮かべることができず硬直した。
隣で叔父が苦笑いしている。
「あー、ちがうちがう。柚はこっちの世界に興味ないんだ。時々店を手伝ってもらっていて」
「そうでしたか、失礼しました」
彼は先ほどよりはっきりと頭を下げる。
「いえ……東雲柚と申します」
「柊木です」
慌てて私も頭を下げる。思ってもみなかった一言に驚きはしたけれど、叔父の知り合いだからそう思っても無理はないかもしれない。
大した意味はないだろう。
そう考えながら顔をあげると、整った顔が真っすぐに私を見つめていた。
「はーい」
カウンターが五席に、二人がけテーブルが三つしかない、小さな小さなお店。
ここが叔父の大事なお城だ。
日中に仕事を片付けて、夜はこのお店で腕を奮い、カクテルを作る。
これが叔父の楽しみらしい。
私は奥のキッチンから出てきたオムライスを受け取ると、一番テーブルへと運ぶ。
若い男の子と綺麗な女性。うーん、どんな関係だろ。
妄想は捗るけれど、決して顔には出さない。これができるから私は叔父に雇われているのだ。
「陸くんは? いつまでいないの?」
「あー、来週の日曜かな。今最後の大詰めで、そのあと一週間本番だって」
「そっかあ」
「無理に頼んで悪いな」
「いやそれは大丈夫だけど」
陸くん、は今ここで働いているアルバイトの男の子。無口だけどすらりとした長身に綺麗な顔をしていて、一目見ただけで、あ。業界人だなってわかる。
たぶん綺麗すぎて色々嫌な思いもしてきたんだろう。最初はだいぶつっけんどんだったけれど、今ではそこそこ世間話もする。
元はいい子なのだ。だから叔父が雇っているのだろう。見る眼は確かな人だ。
だから陸くんのチャンスはなるべく助けになりたい。
とは言うものの、日中はいわゆるOLをしている私にとって、20時から0時までのバー勤務はそこそこハードだ。
しかも今日はまだ水曜日。
この店の定休日は日曜のみなので、今週はまだあと三日もあるってこと。
「落ち着いたらあがっていいから。あ、まかない何がいい?」
父の弟である叔父はもうすぐ五十歳近いはずだけれど、なぜだか妙に若々しい。
ワイルドに見せたいらしく髭を蓄えているけれど、目尻の下がって優しい顔立ちのせいか、このまま年を重ねたらカーネルサンダースみたいになるんじゃないだろうか。
「どうしようかなー。パスタかなー」
まかないとはいうものの、叔父はなんでも作ってくれる。
それを食べて帰って、お風呂に入って即行でベッドに飛び込む。
お布団にダイブするまで、あと一時間もかからないだろう。夜にそんなカロリー高いもの食べるべきじゃないってわかっているけれど、叔父の料理は家庭的な味で、なんでもするする胃に収まってしまうから、ある意味困る。
「クリーム系?トマト系?」
「トマト!」
「了解」
さすがにこの時間にクリームはまずかろうということで、そこは妥協。
炭水化物をたっぷり食べているから意味ないかもしれないけれど。
叔父は客足が落ちつくと早めに私を帰してくれることもあるから、なるべく作業の負担は減らしておきたい。
もちろん、食べる分のエネルギーも消費しておきたいし、と思って、シンクに溜まったグラスを黙々と拭いていると、来客を知らせるベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
いつものように、店内のBGMに合わせた抑えめの声をかけ、入ってきた人物を見遣り――、思わず目が釘付けになる。
切れ長の瞳にさらさらの黒髪が特長的な、背の高い男性が立っていた。
――綺麗な人。
目が合い、彼が首を傾げて。
我に返った。
「……お一人ですか?」
「はい」
「では、カウンターのお好きなお席へどうぞ」
いけないいけない。
このお店は、いらっしゃるお客様がとにかく“人目を気にせず”にお酒と空間を楽しめること、を第一としているのに、店員である私があんなに不躾な目線を向けてしまっては、叔父のモットーに反することになってしまう。
カウンターには誰も座っていなかった。
男性は一番奥の席へと進むと、もともとテーブルに置いてある小さなガラスのメニューを眺めていた。
「おお、悠真。珍しいな」
私の声を聞いて、奥から出てきた叔父が、男性に声をかける。
するとそれまでの研ぎ澄まされていたような空気ががらっと変わって、彼は微笑を浮かべた。
――やっぱり、綺麗。
「ご無沙汰しています」
「本当だよ。忙しそうだもんなあ」
「おかげさまで」
美しい彼がわずかに頭を下げ、柔らかそうなつむじが見えた。
このお店は、いわゆる一見さんはほとんど来ない。けれどコンスタントに接客をしていない私では、ご常連さんかどうか見分けがつかないことが多い。
おしぼりを差し出すと、先ほどより少し温かみを増した瞳が私を眺めた。
「ありがとう」
「姪っ子なんだよ」
「へえ。……女優さんですか?」
「はい?」
叔父の説明にさらりと返ってきた一言が予想外で、笑みも浮かべることができず硬直した。
隣で叔父が苦笑いしている。
「あー、ちがうちがう。柚はこっちの世界に興味ないんだ。時々店を手伝ってもらっていて」
「そうでしたか、失礼しました」
彼は先ほどよりはっきりと頭を下げる。
「いえ……東雲柚と申します」
「柊木です」
慌てて私も頭を下げる。思ってもみなかった一言に驚きはしたけれど、叔父の知り合いだからそう思っても無理はないかもしれない。
大した意味はないだろう。
そう考えながら顔をあげると、整った顔が真っすぐに私を見つめていた。