秘密のカーテンコール〜人気舞台俳優の溺愛〜
それでも彼がふっと視線を逸らしたので、特に問いかけることはせず、着替えるためにバックヤードに入った。
明日も出勤だから、エプロンや着替えは簡単にロッカーにしまって、荷物を手に表に出る。
と、何故か既にコートを着込み、今にも帰ろうとしている柊木さんがいた。
「もうお帰りなんですか?」
「はい」
「でも、まだ来てそんなに経ってないのに……」
「お酒も飲めないのに長居しても悪いかなと」
「はあ」
それだったらどこかレストランでご飯食べれば良かったのでは、と思ったけれど、まあ誰かに見つかるのも嫌なのかな、とバッグの持ち手を握り直した。
「じゃあ叔父さん、また明日ね」
「おう、気を付けろよ。悠真もな」
「……え?」
「はい、柚さんのことは任せてください。ごちそうさまでした」
柊木さんは会釈をすると、そっと私の肩を抱いて店の外に出た。
――いや、ちょっと意味がわからない。
「あの」
店を出て地上に上がったところで、背後を睨みつける。
柊木さんは相変わらず、淡い笑みを浮かべていた。
「何か?」
指摘しようとした途端、手が肩からそっと離れて、私の疑問も削がれていく。
「……何でもないです、けど」
「家は? 電車ですか?」
「歩きです。すぐなんで」
「駅の方?」
「反対ですけど……」
矢継ぎ早に問われて、考える間も無く全て答えてしまった。
「じゃあ、送っていきます」
いや。じゃあ、の意味がわからない。
「大丈夫ですよ」
「早いと言っても、もう二十三時近いですから」
いつも日付変わっても一人で帰っているんだけどな。
もう一度大丈夫だと伝えようとしたけれど、柊木さんは既に駅とは反対方向に歩き始めてしまっていて。
仕方なく、小走りで追いかけた。
「柊木さんは、車、乗らないんですか?」
「うーん、持ってはいますけど、あんまり。自分で運転してると考え事が出来ないのが嫌で」
「考え事?」
「役のこととかセリフのこととか。考え出すと結構集中しちゃうんで」
「へえ」
なんだかんだ、役者としては真面目な人なんだなと思う。
売れているのだから当然とも言えるけど。
横断歩道が点滅し始めたので、慌てて一歩踏み出そうとすると、くいっと腕を引かれた。
とん、と背中が柊木さんの体に当たる。
さっき肩に手をかけられたときには気づかなかったのに、微かに甘い香りがした。
どきん、と胸が震えた瞬間、目の前を車が勢いよく通っていく。
「だめですよ、気をつけないと」
「す、すみません……」
「まあ今のはあの車が悪いですけどね」
掴まれた腕を離してもらおうと身を捩るけれど、なぜだか柊木さんの手は私の手首を掴んだまま。
走り去っていく車を睨むように見ていた。
「あの柊木さん……」
「はい?」
「こういうの、見られたり撮られたりしたらまずいんじゃないですか?」
だからもう離して、と暗に込めたつもりだったけど。
柊木さんは小さく吹き出している。
「俺のことなんて誰も見てないよ。お茶の間の人なんて、誰も知らないんだから」
「そんなこと……」
「柚さんだって知らなかったでしょ? だから大丈夫」
「いや私はテレビに出てる人も知らないんで……」
「うーん、そっか。でも大丈夫」
柊木さんは私の手首を掴んで、まるで子どもと手を繋ぐようにぷらぷらと揺らしている。
やがて信号が青になり、渡り出すタイミングで鞄を持ち替えた。柊木さんの手が一瞬緩んだ隙を見つけ、手首を引き抜くと自分で自分を守るように腕を組む。
ちらりと横を見上げると、一瞬呆気にとられたような表情を見せた柊木さんは、その後苦笑いを浮かべていた。
十分ほど歩いて、足を止める。
高級でもなんでもない、よくあるマンション。
「ここ?」
「はい、ありがとうございました」
「どういたしまして。じゃあ、またね」
また、はないのではないだろうか。
そう思いつつもお礼を言い、マンションのエントランスへ入る。
ふと振り返れば、柊木さんはまだこちらを見ていて、目が合うとひらりと手を振ってくれた。
会釈をし、エレベーターホールへ向かう。
なんとなく、また目が合ってしまう気がして、振り返ることが出来なかった。
明日も出勤だから、エプロンや着替えは簡単にロッカーにしまって、荷物を手に表に出る。
と、何故か既にコートを着込み、今にも帰ろうとしている柊木さんがいた。
「もうお帰りなんですか?」
「はい」
「でも、まだ来てそんなに経ってないのに……」
「お酒も飲めないのに長居しても悪いかなと」
「はあ」
それだったらどこかレストランでご飯食べれば良かったのでは、と思ったけれど、まあ誰かに見つかるのも嫌なのかな、とバッグの持ち手を握り直した。
「じゃあ叔父さん、また明日ね」
「おう、気を付けろよ。悠真もな」
「……え?」
「はい、柚さんのことは任せてください。ごちそうさまでした」
柊木さんは会釈をすると、そっと私の肩を抱いて店の外に出た。
――いや、ちょっと意味がわからない。
「あの」
店を出て地上に上がったところで、背後を睨みつける。
柊木さんは相変わらず、淡い笑みを浮かべていた。
「何か?」
指摘しようとした途端、手が肩からそっと離れて、私の疑問も削がれていく。
「……何でもないです、けど」
「家は? 電車ですか?」
「歩きです。すぐなんで」
「駅の方?」
「反対ですけど……」
矢継ぎ早に問われて、考える間も無く全て答えてしまった。
「じゃあ、送っていきます」
いや。じゃあ、の意味がわからない。
「大丈夫ですよ」
「早いと言っても、もう二十三時近いですから」
いつも日付変わっても一人で帰っているんだけどな。
もう一度大丈夫だと伝えようとしたけれど、柊木さんは既に駅とは反対方向に歩き始めてしまっていて。
仕方なく、小走りで追いかけた。
「柊木さんは、車、乗らないんですか?」
「うーん、持ってはいますけど、あんまり。自分で運転してると考え事が出来ないのが嫌で」
「考え事?」
「役のこととかセリフのこととか。考え出すと結構集中しちゃうんで」
「へえ」
なんだかんだ、役者としては真面目な人なんだなと思う。
売れているのだから当然とも言えるけど。
横断歩道が点滅し始めたので、慌てて一歩踏み出そうとすると、くいっと腕を引かれた。
とん、と背中が柊木さんの体に当たる。
さっき肩に手をかけられたときには気づかなかったのに、微かに甘い香りがした。
どきん、と胸が震えた瞬間、目の前を車が勢いよく通っていく。
「だめですよ、気をつけないと」
「す、すみません……」
「まあ今のはあの車が悪いですけどね」
掴まれた腕を離してもらおうと身を捩るけれど、なぜだか柊木さんの手は私の手首を掴んだまま。
走り去っていく車を睨むように見ていた。
「あの柊木さん……」
「はい?」
「こういうの、見られたり撮られたりしたらまずいんじゃないですか?」
だからもう離して、と暗に込めたつもりだったけど。
柊木さんは小さく吹き出している。
「俺のことなんて誰も見てないよ。お茶の間の人なんて、誰も知らないんだから」
「そんなこと……」
「柚さんだって知らなかったでしょ? だから大丈夫」
「いや私はテレビに出てる人も知らないんで……」
「うーん、そっか。でも大丈夫」
柊木さんは私の手首を掴んで、まるで子どもと手を繋ぐようにぷらぷらと揺らしている。
やがて信号が青になり、渡り出すタイミングで鞄を持ち替えた。柊木さんの手が一瞬緩んだ隙を見つけ、手首を引き抜くと自分で自分を守るように腕を組む。
ちらりと横を見上げると、一瞬呆気にとられたような表情を見せた柊木さんは、その後苦笑いを浮かべていた。
十分ほど歩いて、足を止める。
高級でもなんでもない、よくあるマンション。
「ここ?」
「はい、ありがとうございました」
「どういたしまして。じゃあ、またね」
また、はないのではないだろうか。
そう思いつつもお礼を言い、マンションのエントランスへ入る。
ふと振り返れば、柊木さんはまだこちらを見ていて、目が合うとひらりと手を振ってくれた。
会釈をし、エレベーターホールへ向かう。
なんとなく、また目が合ってしまう気がして、振り返ることが出来なかった。