同期の姫は、あなどれない
 「姫もこの時間まで残業だったんだ」

 「アラートが出て機器交換することになったから、その監視」

 姫は視線を自動販売機に移して答える。
 私のようにいつまでも悩むことなくすぐにブラックの缶コーヒーを選ぶと、ガコンっと勢いよく缶が落ちる音がした。

 「そうなんだ、遅くまで大変だね」

 「もう慣れた。現地から交換完了の連絡が来るまでは暇だしな。接続確認できれば帰れる」

 姫は同じ開発部の中の、第一課に所属している。
 私が所属している第三課は開発エンジニアが主体で、姫が所属する第一課はシステムが動く基盤となるネットワークやサーバ関連を扱う、インフラエンジニア主体の課だ。

 「早瀬は何も買わないわけ?」

 「実はパスケース失くしちゃって。どうしよう、財布取ってこようかな」

 「失くした?」

 「うん、ICカードで買おうと思ったらポケットになくて。どこかで落としたみたい」

 姫が怪訝そうな顔をする。
 あぁこれはきっと、間抜けなやつって思っている顔だろうなぁ。

 「打ち合わせの帰りはタクシーに乗ったよな」

 今日のS製薬案件の打ち合わせには、姫もインフラ担当として参加していた。
 姫とは同期だけれど、こうして同じプロジェクトになったのは初めてのことだ。

 姫の言った通り、また別の客先へ向かう先輩2人と別れたあと、一緒に打ち合わせに参加した営業部の藤崎課長がタクシーで帰ろうと私たちを乗せてくれた。オフィスビル近くで降りてから、課長おすすめの定食屋さんでランチを食べたから――

 落としたとしたらタクシーか、お昼を食べた定食屋さん?

 「明日、落とした可能性があるところに電話してみる。あ、でも乗ったタクシー会社がわからないや…」

 「課長が領収書持ってるだろ。どうせ経費精算するだろうし」

 「そっか、明日直接聞いてみる」

 とりあえず、可能性のあるところには連絡してみよう。


 
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