同期の姫は、あなどれない
 ドライヤーが終わって、二人分のグラスを持った姫に促されてソファーに座る。

 「ありがとう」

 グラスを受け取って一口飲む。
 冷たい緑茶なのにすごく香りが立っていて美味しい。聞けば、夏に発売される予定の悟さんが監修した冷茶専用の茶葉なのだそうだ。

 「すごい、そういう販売もしてるんだね」

 「気に入ったならやるよ。販促用とかで送られてきたのが山ほどあるから」

 それから少しの間、たわいもない話を行ったり来たりして、ふと会話が途切れた。
 どうしたのかなと思って見ると、思いのほか真剣な顔をした姫と目が合う。

 「一つ、聞きたいことがあるんだけど」

 「聞きたいこと?」

 何だろう?私は少しだけ体勢を変えて、隣りに座る姫と向き合う。

 「さっき店を出て、俺がいる場所が分かったのは何で?」

 お店を出たとき。
 何でそんなことを聞くんだろうと不思議に思いつつ、私はどう答えるか迷った。あのとき沸き上がった、閃きのような直感を言葉にするのは難しい。

 「えっと……姫のいる方向にお庭の花の匂いがした気がしたから…?」

 「花?…あぁ、夜香木《ナイトジャスミン》か」

 聞きなれない花の名前だったけれど、その名前のように華やかで甘い香りだった気がする。

 「夜に白い花が咲いて独特の香りがする。夏が盛りだから香りが強かったのかもな」

 悟さんの言っていた通り、花のことは姫の方が詳しい。やっぱりお母さんの影響なのだろうか。そういうことをいつかもっと知れたらいいなと思う。
 姫はそうかと独りごちると、私の手の中のグラスを取り上げて、自分の分と一緒にテーブルに置いた。
 顔を上げると、驚くくらい近くに姫の顔が迫っていた。

 「ありがとう、追いかけてきてくれて」

 耳元で囁かれて、そのまま柔らかく食まれた。
 かかった息が熱さと感触にぞわりと何かが走る。
 そのまま唇が首筋を辿っていきそうになって、考えるより先に体が後ずさった。

 姫の手を取ったときにもろもろの覚悟は決めたつもりだった。
 けれど、あまりに取り巻く空気が変わりすぎてついていけない。

 「ちょ、ちょっと待って!?あの、私からも聞きたいことがあるんだけどっ!」

 私の渾身の叫びに、姫の動きが止まった。

 
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