同期の姫は、あなどれない
 そのあとは激流にさらわれていくようだった。

 「可愛い……、好き」

 ……この状況でそんなことを言うのはずるい。

 恥ずかしさと気持ち良さと嬉しさとで頭がぐちゃぐちゃになって、情緒がおかしくなりそう。
 私はぜいぜいと呼吸をしながら、照れ隠しで小さく「ばか……」と呟いた。

 耐えるように眉をひそめた姫が長い息を吐いてから、少し濡れた目を向ける。
 それだけで胸の奥がぎゅっとなった。

 姫にも気持ち良くなってもらいたい。
 私は姫の首に腕を回して抱きついた。

 何度も好きだと囁かれて、そのたびに私もと答えていたら、ちゃんと言ってと拗ねた。
 それが可愛くて、私は思わず笑ってしまうのをごまかすように耳元に顔を寄せる。

 (あれ、これって……)

 揺れる髪から覗く左耳に、小さなピアスの穴を一つ見つけた。
 私はほとんど無意識に手を伸ばして、耳たぶの柔らかい感触に触れる。

 「……っ、なに、急に、」

 「あ、ここ、ピアスホール開いてるんだなぁと思って」

 普段は髪で隠されていて見えない場所。
 たぶんここまで近づかなければ気づかなかった。

 ただの同僚のままだったら、きっと知り得なかったこと。

 こんな発見一つでも、姫はただの同期ではなくて恋人同士になったのだと実感する。

 右耳にもあるのかな?と気になって覗き込もうとしたとき、勢いよく体重をかけられて押し倒された。

 「そんなふうによそ見したり煽ったり、随分余裕あるのな?」

 「えっ、や、それは違…!」

 抵抗の言葉は深いキスに飲み込まれた。
 性急な動きに翻弄されて、気持ち良すぎてつらいのにもっとほしいと思ってしまう。

 「なぁ…っ…名前で呼んでいい?」

 「い、いまそれ、聞くの……!?」

 信じられない思いで見上げると、動きが止めた姫が怖いくらい真剣な目で見下ろしている。

 そんなに不安にならなくてもいいのに。
 でも、言葉が足りなさすぎた私たちには、今はこれくらいがちょうどいいのかもしれない。

 私は姫の両頬に手を添えて、内緒話をするみたいに引き寄せる。

 呼んでほしい―――――


 「ゆきの、好きだ…、」

 うわ言のように好きだと繰り返す姫が愛おしいと思う。
 荒く息をするために開かれた口元も、伏せられた長い睫毛も嘘みたいに綺麗で、私も好きだと返したいのに、もう言葉にならない声しか出せなかった。

 頭を抱え込まれて、密着度が増す。
 身体にくすぶる熱を解放させるように追い上げられて、置いていかれないように縋りついて。

 その先で、二人の体温が一つになった気がした。

 お互いの呼吸が鎮まっても、何だか名残惜しくてしばらくじゃれ合うみたいに肌に触れ合う。
 それから姫が体を起こしてゆっくり離れようとするのを引き止めて、掠めるように唇を合わせた。

 「好き」

 声が上擦った気がする。恥ずかしい。
 慣れないことをしたせいだなと思いつつも、どうしても今言いたかった。

 「さっき、ちゃんと言えなかったから」

 「………ほんと敵わない」

 そう呟く姫の方は赤い。
 それからゆっくり顔が下りてきて、今日一番優しいキスをした。

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