同期の姫は、あなどれない
 「俺は会議室を出たり電車とかバス降りるときに、忘れ物がないか見る癖があるから覚えてる。あの会議室を出るときには何も落ちてなかった」

 オフィスにパスケースを届けに来てくれたとき、宇多川さんは何て言っていた?―――

 『このパスケースはどこで?』

 『弊社の会議室です。先週の水曜日にS製薬さんを交えた打ち合わせがありましたよね?あの打ち合わせの後に会議室を使用した弊社の社員が見つけて、総務部に届けたようなんです。
 後日総務の担当者から、前の時間帯に会議室を利用していた私のところに連絡が来たんですよ』

 (じゃああれは、嘘ってこと…?)

 「で、でも、それは姫が見落としただけかも」

 「キャパの大きくない会議室、床はダークグレーのカーペット敷。そこにベージュのパスケースが落ちていたらまず見落とさない。本当は早瀬のジャケットを受け取ったか渡したかのタイミングで、ポケットから抜き取ったんだろ」

 「姫が確認したときは、拾ってくれたあとだったのかもしれないじゃない」

 「それなら何で拾ったときにすぐ渡さない?普通は『誰か落とした人はいませんか?』くらいは確認するだろ」

 それもそうだ。至極真っ当な反論を受けて私はうつむく。
 私にはそれを言い返すだけの材料も、洞察力も持ち合わせていない。

 「俺も初めは思い違いかと思ったけど、早瀬の私用携帯を聞こうとしただろ。それでこれは偶然じゃなくて作為があると思った」

 「でも、そんなのおかしくない?なんで宇多川さんがそんなことする必要があるの?結局わざわざ届けてくれて、手間になるだけなのに」

 人というのは、信じられないことを聞くとそれを否定したくなるものらしい。今の私がまさにそうで、何とかその可能性を打ち消すものはないか頭を巡らせていた。
 自分が単純に喜んだあの親切が、姫の言うような仕組まれたものだと思いたくないのかもしれない。

 
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