同期の姫は、あなどれない
 私は反論しようとして口を噤み、姫のまっすぐな目から逃れるように視線を彷徨わせる。

 責められていると感じたからではない。
 日々会社で顔を合わせていると忘れそうになるけれど、姫の顔は整っている。睫毛も長くて鼻筋も綺麗だ。そんなあまりに場違いな、邪な感情まで見透かされそうで胸の内がざわざわして落ち着かない。

 私は、自分の手元に置かれているサワー入りのグラスに視線を移した。しばらく飲むことを忘れられていたグラスは、すっかり汗をかいてしまっている。
 私が押し黙ったのを見かねたのか、ふっと姫の口から息が漏れた。

 「そういえばデザート買ってたよな。持ってくる」

 姫は立ち上がると食べ終わった二人分のどんぶりを下げて、代わりにコンビニで選んだチョコレートムースを持ってきてくれた。ありがとう、とお礼を言おうとしたとき、ちょうどヴーンヴーンとスマホの着信音が鳴る。

 「今度は俺かも…あれ、ジャケットどこ置いたっけ」

 「ごめん、さっきそこのハンガーに掛けちゃった」

 「あぁ、悪い気づかなかった。サンキュ」

 ジャケットのポケットから取り出したスマートフォンを確認して、姫は一気にげんなりした顔をする。そのまま出ないでいると着信が切れて、それからすぐにまた鳴り出した。

 「兄貴からだ。ちょっと出てくるから食べてて。終わったら駅まで送る」

 「うん、ありがとう」

 姫はそう言うと、もしもし、と電話に出ながら廊下の方へと出て行った。

 
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