同期の姫は、あなどれない
 エレベーターで1階に降りて、マンションのエントランスを出ると外は快晴で、初夏の日差しが降り注いだ。
 起き抜けにカーテンの隙間から覗いたときよりも強烈な太陽の光に、昨日から今日にかけての自分の行いが白日の元に晒されたようで、少し怯んだ。

 見慣れない駅までの道を歩いていると、すれ違う人は誰も知り合いではないのに、後ろめたいことをしたような落ち着かない気持ちになる。

 隣りを歩く姫を見ると、その表情はいつもと変わらない。
 仕事のことを中心に話しながらしばらく歩くと駅が見えてきた。土曜日の目黒駅は人が多い。その間を縫うようにして改札をくぐる。

 「新宿乗り換え?」

 「うん」

 ホームに上がると、ちょうど山手線の外回りの電車が来たので乗り込んだ。オフィスのある恵比寿まで一駅。姫はそこで降りる。

 「確かに会社まで近くていいね」

 「そう、急な呼び出しのときとかもラク」

 電車がゆっくりと速度を落として、車内のアナウンスが次の恵比寿駅に到着することを告げる。

 「このあと寝て乗り過ごすなよ」

 「っ!さすがに大丈夫だよっ…」

 「ならいいけど。じゃあ、また来週」

 「うん、いろいろありがとう。仕事頑張って」

 姫は軽く手を上げて電車を降りた。
 こうして別れるまで、いつもと変わらない普段通りの姫だった。まるで昨日のことが全部夢だったかのように。変に意識しているのは自分だけだった。

 やっぱり昨日感じた妙な予感は、お酒の力がおかしな方向に働いてみせた自意識過剰だったのだ。
 うん、きっとそう。変なことを口走ったりしないでよかった。


 ドアが閉まって電車が動き出すと、私はドアに体をもたれさせてそっと目を閉じた。


 
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