同期の姫は、あなどれない
たゆたう熱帯魚
 あの日ぐっすりと眠れたのがよかったのか、それからの私は憑き物が落ちたように体調が良くなった。

 あれほど気になっていた賢吾のことは、日に日に思い出す回数も、返信があるか確認することも減って、逆にふとした瞬間に頭に浮かぶのは姫のことだった。

 会社でも視界の端に見つけるとつい目で追っていたり、休憩を取るときにリフレッシュルームで鉢合わせるだろうかと気になったり、体調は良くなったのに、どうにも調子がおかしい。
 一方の姫は、当然ながらたまに顔を合わせてもまったくの通常運転で、それが自分の自意識過剰ぶりを証明しているように思えた。

 私は余計なことを考えずに済むように、忙しく仕事に打ち込み、そうしているうちに日々はあっという間に過ぎて、カレンダーは気が付けば6月に変わっていた。


 その日の午後、お昼休みを終えてオフィスに戻ると、自席で山積みの資料に囲まれて仕事をする四宮課長の姿があった。

 「これどうしたんですか?すごい書類の量ですけど」

 私の声に振り返った四宮課長は、眼鏡を外して大きく伸びをする。

 「事務の千葉さんが急性虫垂炎で入院になった。昨日の夜に激痛で救急車で運ばれたって」

 「ええ入院?!大丈夫なんですか?」

 「明日手術で、回復具合にもよるがとりあえず1週間休みだ。それで千葉さんにやってもらっていた仕事を引き取ったんだが量が多くてな。今まで頼りすぎてたって反省してるところ」

 千葉さんは、開発部の事務を一手に引き受けてくれている人で、勤続20年超のベテランの女性社員さんだ。

 仕事が早いだけでなく、社内事務周辺のややこしいローカルルールも知り尽くしているので、とにかく頼りになる。私も分からないことはよく聞きに行ったりしていた。あの千葉さんが1週間もいないとなると影響が大きいと感じる。

 
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