同期の姫は、あなどれない
 それからは没頭するように午後の仕事をこなすと、時刻は定時を過ぎていた。
 気づけば少しずつ周りのメンバーも帰り支度を始めている。

 お先に失礼しますと帰る倫花ちゃんの背を見送って、私は今日最後の問い合わせの回答をまとめ終えた。

 (このままいけば19時には退社できそうかな)

 付箋の付いた資料は、デスク下のキャビネットの中にしまってあった。
 姫にどう連絡しようか、他の作業をしながら頭の片隅で逡巡する。それからようやく社内連絡用のチャットツールで『19時には出られそう』と連絡を入れると、あまり時間を置かずに『コンビニ前で待ってる』と返信が来た。

 荷物をまとめてオフィスを出て、エレベーターで1階に降りる。
 姫は、オフィスビルを出てすぐの角にあるコンビニの前にいた。エントランスから出てきた私に気づくと、こちらに向かって歩いてくる。

 「ごめん、ちょっと遅れちゃった?」

 「全然、今来たとこ。じゃあ行くか」

 「え?行くかって、どこへ?」

 「内緒。少し歩くけどいい?」

 そう言って、私の疑問は置き去りのまま歩き出していく。
 私は着いていくしかなくて慌てて背中を追うと、いつも向かう駅の方角ではなく反対の広尾方面へと向かっていることが分かった。

 しばらく歩いていくと、ある場所の前で足が止まる。ここが目的地らしい。
 一見するとどういう場所なのか分からなくて先の方を見ると、向こうに一軒家のような建物が見えた。

 エントランスへと続く庭は、もはや植栽というより植物園といっていいくらい花と緑に溢れている。随所に配置された装飾照明でライトアップされた道を歩いていると、何だか別世界に迷い込んだみたいだ。

 
< 68 / 126 >

この作品をシェア

pagetop