同期の姫は、あなどれない
 そのあと、私がうっかり透子さんの名前を呼んでしまった理由を話して謝ると、全然気にしないで!と明るく笑い飛ばしてくれた。

 「でもそっか、樹くんとの買い物を見られてたのねぇ、、本当にごめんなさいね?私は一人でいいって言ったのに悟が「一人で行かせるのは~」とかゴネて勝手に呼びつけたりしたから。それに樹くんも、こんなに可愛い彼女がいるなら断ってくれてよかったのに」

 透子さんの言葉に、私は飲みかけていたお酒を吹き出しそうになった。

 「いえっ、違います!私は同じ会社の同期で、、」

 何だかものすごい誤解をされている。
 私が慌てて否定すると、悟さんが意外そうな顔をした。

 「あれ、違うんだ?樹が女の子連れてくるなんて珍しいからてっきり彼女なんだと思ってた」

 「いえ、全然そういうんじゃないんです!なので、本当に気にしないでください!」

 必死に否定しているのが余計に怪しまれないかドキドキしながら、私はもう一度グラスをぐいっと傾けた。

 「あははは、樹なんつー顔してんだよ」

 「何が」

 「お前そんなに顔に出るタイプだっけ?面白いもん見たわ」

 くすくすと笑う悟さんの言っている意味はよく分からないけれど、チラリと姫の表情を盗み見ると、今度は本気で嫌そうな顔をしている。

 (そりゃ、ただの同僚なのにそんな勘違いされたら嫌だよね……)

 否定したのは自分なのに、その事実に驚くほど傷つく。
 なぜだか胸の奥がチリチリと痛い。その痛みの理由を探ろうと、私はもう一度姫の顔を見ようとして、目が合った。

 その刹那。
 一つの答えとともに、流星が落ちたように体が震えた。

 もしかして私、姫のことが―――?

 息が詰まる。その先を思い至ってしまうと、熱があとから急かすように追いかけてきた。
 心臓が熱くバクバクと鼓動して、グラスを持つ手が震えないように両手でぎゅっと握りしめる。


 (私、今何を、、)


 「ゆきのちゃん、どうかした?大丈夫?」

 悟さんの声に、はっと我に返った。
 私は走り始めていた思考を、誰にも感じ取られないように急いで奥底にしまい込む。

 「すみません、大丈夫です」

 そして、空になったグラスを見ておかわりを勧めてくれる悟さんに貼り付けた笑顔を返した。

 
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