世界はそれを愛と呼ぶ


「陽希さんが番を連れて帰ってきてから、全てが崩壊したらしい。外に自由に出歩けて、学校に行ける父さんを羨む発言を繰り返していた母さんが、分かりやすく狂い始めたと」

外に出してあげれば良かった。
あの頃、誰が悪かったのかと問われれば、報告を鵜呑みした大人達だろう。

『和子は学校に行きたがらないようで』
『引きこもっています』
『たまに通っているようですけど』

─そんな曖昧で、信憑性がない話だけで、幼い娘を気にかけた気になった結果。

「……電話をかける度、様子がおかしくなっていく父さんに気がついた陽向さんが家に帰ると、16歳の高校生であるはずの父さんの手に、兄さんが抱かれていたらしい」

そして、それすらも報告にあげなかった使用人達。
どれだけ、次期当主が、大切な舞手が嘲笑われていたのか、分家などからの入れ込みが激しく、全てを悟った時には遅かったのだ。

「…………陽向さん、は」

「全てを無かったことにしようと、一回は考えたそうだよ。─番制度は御園家の人間同士ならば、無効と話しただろ?でもそれは何故かって、互いに狂うからだ。初代夫妻の影響なのか、御園の女性は狂う時は伴侶を誘うらしい。子孫を作る為に」

沙耶は話の流れから、理解したのだろう。
口元を覆い、こちらを見る目は今にも泣いてしまいそうだった。

「基本、十五歳を過ぎたあたりから、狂う時は注意するように教えられる。父さんも同じ。だから、対処していたはずだった。薬を盛られ、眠らされ、縛られなければ……そこまでして、母さんが何をしたかったのかは分からないが、その日が過ぎて以降、父さんを『ハルくん』と呼び、お腹の子を大切に愛おしみ、生まれてきた子を愛し、父さんにも愛してると繰り返す」

「……っ」

「勿論、父さんは分かっていた。子が生まれたからには母さんと籍を入れることになったが、それでも、妻が愛しているのは自分の兄であり、自分ではないのだと。だから、責任を取る形で兄の振りをし続けた。母が求めれば、周囲は次のまともな舞手が欲しいから、と、父に応えるように強制した。……結果として、姉が産まれた。姉が母さんの二の舞にならないよう、父さんは必死に守ったと聞いているよ。兄さん曰く、父さんの口癖は『なにがあっても守るから』」

優しすぎた人だと、陽向さんは言う。
優しすぎたから、頼るべきところを見失った。
優しすぎたから、逃げ方を知らなかった。
優しすぎたから、耐えられなかったのだと。


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