世界はそれを愛と呼ぶ


「俺が産まれた時から、母さんのヒステリーはいっそう酷くなった。俺がよく聞いた母の言葉は、『相馬を、私の息子を返して!あんたは誰!近寄らないで、怖い!!』で、父さんがよく言った言葉は『俺に似てしまったせいで、ごめん』だった」

相馬は、謝って欲しい訳じゃなかった。
何故、兄と姉が愛される中、自分は愛されないのかと思っていたけど、それ以上にただ抱きしめて欲しかった。

「俺は知能が高かったからな、必死に勉強した。そうすれば、愛されると思っていたから。でも、母は余計に怯えるだけ。色々と試行錯誤を繰り返した先で、双子の弟が産まれてしばらく、父さんはいなくなった。母さんは狂い、俺のせいだと暴れ、幾人もの使用人は消え、陽向さんが俺を本家から救い出した。だから、当主になるまでは兄弟とは離れて育ったんだよ、俺」

陽向さんの家で、陽向さんの奥さんと三人、なんでもない生活を過ごした。
抱き締めて、『愛してる』と言われ、何でも買い与えられ、褒められた。
でも、どういう反応していいのか分からなくて、それを理解できるまで、陽向さん達は根気よく応えてくれた。

抱き締めて、一緒に寝て、美味しいご飯、暖かいお風呂、毎日の抱擁と、何気ない会話。
多分、子供が育っていく上で大切な全てを、ふたりからはたっぷりと注がれて、その結果、勘違いしてしまったんだと思う。

「……勘違い?」

「うん。陽向さん達が褒めて、愛してくれる今の自分なら、母さんも愛してくれるはずだって」

でも、そんなものは夢物語。
どこにもない、夢の話だったのだ。だから。

「誕生日、本家に帰った。陽向さんは反対していたけど、久々に兄弟に会いたかった。兄さんや姉さんは昔のようにいっぱい褒めてくれて、弟達は大きくなっていて、自分がいない時間が、そこで築かれた思い出は少し寂しかったけど、それでも、自分は彼らと兄弟なのだと、愛されていていいのだと思えた時間だった。─あの日、母さんの様子を見に行かなければ」

「……」

「8歳の誕生日。幸せ絶頂だった俺は、容易に開けてしまった。俺は開けちゃならなかった、母さんの部屋の扉。あとから思い返せば、母はずっと逃げたかったんだと思う。どこで手に入れたのか、その手には小刀があって、『あんたが生まれて来なければ、私はずっと彼のお姫様だったのに!!!』─そう言って、首を切った」

今でも、脳裏に焼き付いている。
母の泣き顔、大声、舞い散る血飛沫は、相馬の中の何かを壊し、相馬はその場で泣きながら、大声で笑っていたらしい。

母のその瞬間以降、記憶が曖昧だから、駆けつけてきた陽向さん達に聞いた話ではあるけど。

「叔父さんは、母さんがおかしくなっていたことに気付いていたんだろう。母さんの死を聞いた時、『そうですか』としか言わなかった。こちらを恨んだりするのかと思っていたのに、『相馬は何も悪くない。強くなれなかった姉さんが……姉さんを助けられなかった、僕が弱いだけだよ』と笑った」

今思えば、本当に賢かったのだろうか。
自分の知能は高かったのか。
高かったならば、相馬の不幸を願うあの人が、相馬の誕生日を祝ってくれるはずがなかったのに。

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