世界はそれを愛と呼ぶ
☪︎


「─一先ず、情報の擦り合わせから」

相馬が出て行ったあと、凌が言った。

「お前、冷静だな」

湊は預かった手紙を机の上に出し、凌の様子を見る。

「焦ったところで、仕方がないかなと。……この目で見たのは初めてだけど、御園相馬は若く、同時にあまりにも出来すぎる人間だと、再確認した」

「あれで、まだ18だからな」

「そうならなければならない家庭環境であったことは聞き及んでいるが、それでも、生まれながらの天才なのだろうな。四季の家の話、御巫家の話、沙耶の話、未解決事件の話を同時進行で頭の中で処理しながら、最適解を見つけ出そうとしていた。産まれる前に起こった問題事すら、当たり前のように、ある程度は把握している顔をしていた。御園家当主ならば、それが当たり前かもしれない。しかし、それはあまりにも子供の生き方としては悲しいことだと思うよ」

「同感。─人知を超えた能力とか、そのようなものは御伽噺でしかなく、誰もが一度は考える妄想の代物だと思っていたが、相馬を見ていると、本当なんだろうと思うよね。知る人ぞ知る、能力なのかもしれないな。でなければ、医療の出番が無くなってしまう」

「そんな能力があれば、誰も大切な人を失うことはないでしょうからね。でも、それに全て彼らが応えてしまえば、それはこの世界のバランスを崩してしまう一端にもなる。だから、彼らは自分たちの領域を侵す人間を許さないのかもしれない」

多額のお金を取られても、愛する人の命には変えられない。その気持ちはわかるが、彼らを犠牲にして叶えられたその夢は、本当に現実と受け止められるのか。

「……まぁ、俺がそれを願わなかったか、と、問われれば、話は別だけど」

ソラを、汐を喪った事実は、今もずっと。
死ぬまで、永遠に逃れられない後悔。

「湊さん……」

「女々しいよな〜……もう、何年引きずっ」

「女々しいとか、そういうことは思わない。思わないから、悲しむ自分を否定することだけはやめてくれ」

「……」

「泣いていい。叫んでいい。許さなくていいし、許せなくて当然。自分の憎み続けていい。でもどうか、忘れないで欲しい」

凌の目は真っ直ぐで、出会ったばかりの、幸を抱き締めて怒る小学生だった頃と何も変わらない。

「俺も、幸も、あなたに救われたということ。あなたがいたから、俺と幸は結婚することが出来た。幸せになることができているんだという事実を、どうか」

「……っ、」

─幸は、北御門当主であった湊の父親が懸想していた、喉から手が出るほど欲していた女性の娘である。
血縁関係上では、湊とは従兄妹同士。

父と仲がとても悪かった叔父は、湊や汐にはとても優しく、穏やかな人だった。そんな彼が妻を娶り、その妻を父親が欲していると聞いた時、湊は速攻、叔父に忠告した。─二度と、北御門の屋敷に近寄るな、と。

その判断は正解で、叔父は常にひとりで来るようになった。挨拶をしない妻は不要であり、無礼である……などと、懇々と騒がしかった親戚のことも無視することに慣れていた叔父は、湊に小声で教えてくれた。

『今度、子どもが産まれるんだよ』

多くの愛人がいた父親の、早めの子どもであった湊。
叔父と父は年齢が離れていたから、必然的に叔父の子供と湊は年齢が離れていた。
湊が11歳になる頃、叔父の子供が生まれる─それは、本当に楽しみだった。

絶望の日々の中で、叔父の子供が産まれてくる事実は、湊にとっては本当に喜ばしいこと。でも、その感情は不要なもの、表に出してはいけないもの、だから、呑み込んでいた。

その結果、叔父は幸が産まれてすぐ、奥さんと揃って亡くなってしまった。

湊がどうにかできる、手が届く範囲ではなく。
手が届かない、どうにも出来ない場所で死んだ。

父親は泣いていた。─叔父の死ではなく、懸想していた女の死に泣き、それを見た母親はどんどん狂って。

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